アステラス製薬の研究グループによる2010年に発表された総説 (日薬理誌) のエッセンスを、ここで簡単に紹介する。 現在、欧米で、この薬剤に関する癌患者を対象とする 「臨床テスト」(フェーズ2) が 進行中である。 なぜ、この薬剤をここで特に紹介するか、その理由は、感の良い読者なら、直ぐピンとくるだろう。 一つだけ 「ヒント」 を与えよう。 PAKを遮断すると、サバイビンが発現しなくなる という現象が、米国インディアナ大学医学部の研究グループによって、2013年に発見されている (1)。
極めて興味深いことには、我々自身の線虫に関する研究によれば、PAK遺伝子欠損株は野生株より、6割も長生きする (2)。 従って、PAKもサバイビンも実は、我々の寿命を縮めている 「悪玉蛋白」群に属する。
参考文献:
1. Chen YC, Fueger PT, Wang Z. Depletion of PAK1 enhances ubiquitin-mediated
survivin degradation in pancreatic beta-cells. Islets. 2013 ; 5: 22-8.
2. Yanase, S., Luo Y., Maruta H. PAK1-deficiency/down-regulation
reduces brood size, activates HSP16.2 gene and extends lifespan in
Caenorhabditis elegans. Drug Discov. Ther. 2013, 7, 29–35.
先ず、「サバイビン」 とは一体何かを説明しよう。 正常な細胞に異変が起こると、それを修復あるいは除去するために、主に2種類の「細胞死」に至る現象が起こる。 その一つは「アポトーシス」、もう一つは 「オートファージ」 である。 特に癌細胞では、「サバイビン」と呼ばれる蛋白が異常に発現して、細胞死を抑制することによって、癌細胞の異常増殖を促進している。 サバイビンは癌細胞の薬剤耐性にも深く関与している。つまり、癌細胞自身の「サバイバル」(生き残り) に必須な蛋白である。 逆に言えば、サバイビンの機能あるいは発現を抑制すれば、癌細胞の異常増殖を抑制しうる可能性がある。
さて、アステラス製薬 (藤沢薬品と山之内製薬が2005年に合併) の中原、喜多らは、サバイビン遺伝子のプロモーター作用を抑える薬剤をスクリーニングしている内 (2007年頃) に、サバイビンの発現を強く抑える薬剤を発見して、「YM155」 と命名した。
Nakahara T, Kita A, Yamanaka K, Mori M, Amino N, Takeuchi M, Tominaga F, Hatakeyama S, Kinoyama I, Matsuhisa A, Kudoh M, Sasamata M. YM155, a novel small-molecule survivin suppressant, induces regression of established human hormone-refractory prostate tumor xenografts. Cancer Res. 2007 ;67: 8014-21.
PC-3 (ヒト由来前立腺癌細胞) の 細胞培養系で、「YM155」(濃度10-100 nM で) が、癌細胞の増殖を強く抑えることを確認した。更に、マウスに移植したPC-3癌細胞の増殖が、「YM155」(投与量、3 mg/kg/day) により、64% 抑制されることが判明した。
「YM155」 は今までの治験では、専ら「注射(点滴) 薬」として使用されているようだが、遠い将来には、(通院せずに、自宅で飲める) 「経口薬」 として開発/市販されることが望ましい。
アステラス製薬が 「藤沢薬品」 時代 (1990年代半ば) に開発し始めたHDAC阻害剤 (=PAK遮断剤) "FK228" は、20年以上の開発研究を経て最近、欧米では米国の製薬会社 「Celgene」 により、稀少リンパ腫 の一種 (CTCLなど) の治療薬として市販され始めているが、あいにく、この薬剤は血管脳関門を通過できないので、脳腫瘍や認知症などの脳疾患には効かない。 ところが、「YM155」 は分子量が小さい (443) から、血管脳関門を通過しうる! 従って、NF腫瘍や認知症などの治療にも役立つ可能性がある。
市販が有望視されている「YM-155」を、ここで特に取り上げたもう一つの理由は、NF1腫瘍の一割を占める悪性の「MPNST」 が少なくとも動物実験で、YM-155 (6 mg/kg、daily) によって治療しうることが数年前に、テキサス大学のMDアンダーソン癌研のグループによって、既に実証されていることが判明したからである。
Ghadimi
MP, Young ED,
Belousov
R, Zhang Y,
Lopez G,
Lusby K,
Kivlin C,
Demicco
EG, Creighton
CJ, Lazar AJ,
Pollock
RE, Lev D.
Survivin
is a viable target for the treatment of malignant peripheral nerve sheath
tumors (MPNST). Clin
Cancer Res. 2012; 18: 2545-57.
実は、私が 「YM155」 の存在を知ったのは、ごく2、3日前のことである。ある海外雑誌の編集部から、「YM155」 誘導体の抗癌作用に関する投稿論文の審査を頼まれて、「YM155」 とは何ぞや、を初めて知った次第である。 結局、論文の内容自身は極めて「八方破れ」の感が強く、審査するのさえお断わりした。 「YM155」専門家に審査を任せた方が無難 (公平) だと判断したからである。 しかし、御蔭で(大変) 勉強にはなった! 新発見への糸口を掴んだからである。
韓国プサンの研究グループとの最近の共同研究では、YM155はPAK遮断剤 「15K」 と同様、受精卵の血管新生を強く阻害することが判明した (IC50=0.5-1.0 nmol/egg)。血管新生にはPAKが必須である。従って、YM155もPAK遮断剤であることは今や、疑いの余地がない。
アデノウイルス 「Ad-Surv-GFP」or 「pDrive-surv-LacZ」?
さて、最近、ある "名案" が浮かんだ。PAK遮断剤を細胞培養系で、簡単にスクリーニングできる方法である。 数年前に米国のサウスカロライナ医科大学のグループが特殊なアデノウイルスを開発した。 ウイルスのゲノム中にサバイビン遺伝子のプロモーター部分にGFP遺伝子 (cDNA) を融合した人工遺伝子を組み込んだものである。 仮に「Ad-Surv-GFP」と名付けることにしよう。 このウイルスを、癌細胞に感染させると、GFPが大量に発現するが、正常な細胞に感染しても、GFPは殆んど発現しない。 その差 (10倍以上) は、細胞中の発癌キナーゼ「PAK」の差に依存すると推量される。 前述したが、PAK遺伝子を欠如したマウスでは、サバイビンが殆んど発現しないからである。 言い換えれば、このウイルスで感染した癌細胞を、例えば、プロポリスなどの「PAK遮断剤」で処理すると、GFPの発現が急速に低下すると予想される。 つまり、このウイルスを使用すれば、細胞透過性の高い 「PAK遮断剤」を、GFPの蛍光を指標に、手軽にスクリーニングできるはずである。 更に 「オートメ化」 も可能である。 従って、目下 「PAK遮断剤」 の開発をめぐって 「先陣争い」 をしている欧米の大手製薬会社は、競って、このウイルスを入手しようとするに違いない。。。
ただし、ウイルスの感染を利用する方法は、特別の研究施設が必要である。つまり、研究者自身や仲間にウイルスが感染せぬような防護装置が必須である。 従って、理想を言えば、この 「Surv-GFP」 融合遺伝子を、通常の「哺乳動物発現ベクター」に挿入して、ウイルス感染ではなく通常の「DNAトランスフェクション」によって、癌細胞中で、GFPを発現できるように工夫した方が、ずっと利用度が増すと思われる。 従って、この 「Surv-GFP」 法の実用化には、もう一歩の改良が望まれる。
結論的には、Invivogen という Biotech 会社が販売している 「pDrive-survivin-LacZ」 という哺乳類トランスフェクション=ベクターを利用することにした。 発現する蛋白はGFPの代わりに、LacZ (Beta-Gal) という酵素で、XGALを分解して、ブルーの色素を生成するから、発色法で、サバイビン遺伝子のプロモーター能を定量 (モニター) できる。
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