稀少難病の幾つかは遺伝子病に属し、ある特定の遺伝子の発現や遺伝子産物が機能不全のため、(適当な治療薬が開発されなければ) 一生その難病に苦しむことになる。 さて、
脳腫瘍の一種に、「NF2 」(神経線維腫症2) と呼ばれる稀少難病がある。
3万人に一人の割合で発生する。 脳内に良性腫瘍が増殖し、視神経や聴神経などを圧迫するために、視力を失ったり、難聴になったりする。この難病はNF1 と違って、
左右対象に腫瘍が発生するので、最終的には両目や両耳が機能を失う場合が多い。 さて、この難病の
原因が、NF2 (メルリン) と呼ばれる抗癌蛋白を発現する遺伝子に突然変異が起こるために発生することが初めて解明されたのは、1980年代後半になってからである。その
難病が稀少なため、それを専門に研究する学者もごく稀になり、研究は遅々として、進まない。
1990年代初めに、パリにあるキュリー研究所と米国ボストンにあるハーバード大学付属病院 (マス=ジェネラル) のNF2専門家 (ジム=ギゼラ博士) が殆んど同時に、NF2遺伝子のクローン化 (分離同定) に成功 した。その論文を読むなり、豪州メルボルンの国際癌研 に勤務する癌研究者 (M 博士) がジムに早速FAXを送り、共同研究を申し入れた。M 博士はRAS と呼ばれる発癌蛋白の専門家だった。 彼は、間もなく、
RAS で発ガンしたスイゾウ癌細胞に、NF2 遺伝子を発現させると、その増殖がピタリと止まることを発見した! つまり、
RAS とNF2 が拮抗関係にあることが判明した。 当時、「遺伝子療法」が癌学界の流行になっていた。しかしながら、
遺伝子療法 (プランA) で、癌を治療するのは技術的上、無理であることがやがて判明した。 そこで、M 博士は、頭を切り換えて
「プランB 」に挑戦した。
RAS の下流にあって、NF2 によって阻害される発癌蛋白を探索し始めた。21世紀明けに、その蛋白が遂に見つかった。
「PAK」 と呼ばれるキナーゼ (蛋白燐酸化酵素) の一種だった ! 奇遇にも、PAK は、M博士が米国の首都ワシントン郊外にある最大医学研究所 (NIH ) に研究留学していた頃 (1970年代後半) に、土壌アメーバから初めて分離した
「ミオシン燐酸化酵素」だった。 つまり、
NF2 はPAK阻害蛋白の一種であり、その機能が不全になると、PAKが異常に活性化され、様々な腫瘍が発生することが、明らかになったわけである。 言い換えれば、
PAK遮断剤で、NF2 や他の多くの固形腫瘍が治療しうるということが明白になった!
やがて、M博士は (20年近く勤務していた) メルボルンの癌研を退官して、
欧州最大の「NF研究のメッカ」、北ドイツにあるハンブルグ大学病院 (UKE) の客員教授として、(副作用のない) PAK天然物からPAK遮断剤を探索し始めた。 最初にみつかったのは、マーバ豆腐の味付けに良く使用される四川省特産の花椒 (山椒の仲間) だった。 そのアルコールエキスにスイゾウ癌やNF2腫瘍の増殖を抑えるPAK遮断剤が見つかった。次に、
蜜蜂が調剤するプロポリス (蜂の巣のアルコールエキス) も、強力なPAK遮断剤であることが判明した。そこで、
ニュージーランドの養蜂場と共同で、CAPE (コーヒー酸エステル) を有効主成分とする「Bio 30 」と呼ばれるプロポリスによるスイゾウ癌やNF 患者の臨床テストが開始された。
先ず、
(化学療法が全く無効な) 末期のスイゾウ癌患者 (韓国ソウルに住む50代の女性) がプロポリスの大量療法で、一年以内にスイゾウ癌を根絶した! やがて、
NF腫瘍の増殖もピタリと止り、MRI検査の結果、脳内の腫瘍も次第に小さくなり始めていることが判明した。しかしながら、
プロポリスは先進国「ドイツ」では純然たる医薬品として、薬局方に収録されているが、
日米などの後進国では 、医薬品としては未だ認められておらず、薬局や医者などの医療専門家が、プロポリスを患者に勧めたがらない、という弊害が未だに残っている。。。
そこで、2010年代後半、身内がNF2のため難聴に悩んでいる東京在住のある高校生が、志あって、苦労の末、
T 大学医学部へ見事進学を果たし、将来「NF2特効薬/治療法の開発」を目指して、医薬の勉学を開始した。 6年後には、豪州メルボルン郊外にあるモナッシュ大学院 (医学系) へ進学して、本格的な研究に入った。さて、卒業時には、既に
「15K」と呼ばれるPAK遮断剤が「医薬品」として市販され始めたので、青年は自分の博士論文研究を、
プランB に切り換えて、「NF2 のエピゾーム療法」に挑戦し始めた。
エピゾームとは、染色体外に存在する遺伝子の総称で、細菌の場合は、しばしば「薬剤耐性遺伝子」を指す。
モナッシュ大学病院は、南半球で最初に IVF (In Vitro Fertilization) に成功した歴史を誇っている。 青年は、
(PAKを直接阻害する) NF2蛋白の前半と蛍光蛋白GFP を融合した特殊なエピゾームを製作し、NF2 患者の卵細胞に挿入して、異常に活性化した細胞内のPAKの機能を抑えるというアイディアを開発して、
"IVF-based Episome Therapy of Genetic Diseases/ Disorders" に関するUS特許を申請した。
このエピゾーム入りの卵細胞に、正常な精虫由来の核を挿入して、IVF 受精卵を作成すると、たとえNF2 患者でも、正常な子供を確実に出産することが出来るはずである! しかも、NF2蛋白が細胞内で発現されれば、蛍光蛋白でそれを直接確認出来る。この「
エピゾーム療法」という新しいアプローチは、NF2のみならず、「遺伝子不全」による凡ゆる遺伝子難病の 克服に役立つはずである。
青年は豪州で医学博士号を取得後、
フランスの最西端 (Roscoff) にある海洋研究所に研究留学を決めた。この
研究所の所長 (メイジャー教授) はM 博士の知り合いで、(潜水艦に乗って) 深海に生息する海洋産物から抗癌作用のあるキナーゼ阻害剤を探索するのが専門 だった。実は、21世紀明けに、
ドイツの海洋学者 ( シュップ 博士) がグアム島沖で、珍しい海鞘 (ほや) を発見した。
この海鞘は「スタロスポーリン」(ST) と呼ばれるキナーゼ阻害剤の誘導体「ST-2001」を生産することが判明した。
ST は1970年代後半にノーベル受賞者 (大村 智教授) が土壌菌から 発見したインドロカルバゾールの配糖体であるが、その3位に水酸基が付加されたのがST-2001である。
この水酸基により、その抗癌作用が50倍も増強される。 しかしながら、
ST-2001 は非特異的なキナーゼ阻害剤でPAKばかりではなく他の多くのキナーゼも阻害するので、毒性が強過ぎて、(そのままでは) とても薬にはならない!
そこで、
M博士が、その毒性を是正するために、9位の水酸基に塩基性のアミノ酸(Arg) をエステル結合させる計画だった。 ところが、不幸にして、
ある日突然、この海鞘がグアム島沖から忽然として姿を消してしまった。地球 (海洋) 温暖化の悪影響かもしれない。。。その昔、
ノーベル受賞者 (下村 脩 博士) が発見した(蛍光蛋白 "GFP" を生産する) オワンクラゲも、1990年代初めに、シアトル湾沖から忽然として、姿を消してしまったという有名なエピソードがある。そこで、
青年は先ず、「プラン C」として、この "消息不明" になった海鞘を探し当てるため、七つの海を潜水艦で探検する旅に出かけた。。。