我々の体内には、癌細胞を異物と認識して、それを除去せんとする胸腺由来の免疫 T 細胞があるが、悪性の癌細胞には、その免疫細胞を殺す機能を持つ「PD-L1」と呼ばれるリガンドが存在し、免疫細胞の表面に存在する「PD-1」と呼ばれる受容体に結合すると、免疫細胞を破壊して、いわゆる「癌に対する防御機能」をダメにする仕組みをもっている。 従って、原理的には、何らかの方法によって、どちらかの発現を抑えることができれば、癌の増殖を再び抑えることが出来るようになる。そのような方法を「癌の免疫 (チェックポイント) 療法」と呼ぶ。 詳しくは、「京都大とノーベル賞: 本庶佑と伝説の研究室」 (河出新書) などを参照されたし*。
さて、 PAK 遮断剤「15K 」が癌細胞中で, PD-L1の発現を抑制する可能性が高いことは、前述した。つい最近、トルコのイスタンブールの研究グループにより、(PAK遮断剤) プロポリスがPD-L1の発現を抑制することが初めて実証された! その後の文献調べによって、免疫 T 細胞中で、PD-1の発現も抑制する可能性が判明した。 理由は以下のごとし。実は、PD-L1の発現もPD-1の発現も、PAK の下流にある転写蛋白 "beta-catenin" とその更に下流にある転写蛋白「MYC」 依存性であることが判明したからである。
更に面白いことが分かった。 メルボルンにいる昔の同僚から、beta-catenin や MYC の発現には、「BET蛋白」が必須であり、その阻害剤には、「1,2,3-triazol 環」を有するものが多い事が最近、判明したそうである。「15K 」にも、「1,2,3-triazol 環」があることから、第2 の標的「BET」をも直接に阻害する可能性が出てきた。
更に、数年前に発表されている論文によれば、メラノーマの増殖には "BET -MYC" 経路が必須であることが判明していた。ところが、我々自身の研究によれば、(メラノーマのメラニン色素合成にはPAKが必須であるが) メラノーマの増殖自身にはPAK が必要ないにもかかわらず、PAK遮断剤である「15K」によって、極めて強い増殖阻害を受けた (IC50= 5 nM)。従って、 「15K」にはPAK以外のメラノーマの増殖に必須な (第2の) 標的蛋白を抑える作用があることが前々から予想されていた。 ここに至って、謎の標的が「BET」である可能性が濃厚になった!
従って、"ダブル=パンチ"で、PD-L1 と PD-1 の発現を同時に阻害する可能性が高い。言い換えれば、15K は、単価も安く、血管脳関門を通過しうる (しかも"副作用のない") 制癌剤になりうる。つまり、ノーベル賞受賞の本庶氏が考案した小野薬品市販の高価な「モノクローナル薬剤」の遥か上を行く薬剤として、将来市場で活躍する可能性がある!
* この夏、京都で開かれた国際癌学会で講演するために、京都に久し振りに逗留した折に、烏丸四条近くにある本屋で購入した新書本の一つである。実は、私の亡父が京大 (独文) 出身だった。 この本で、面白い史実を一つ発見した。 所謂「京大医学部伝説の研究室」の主である早石修先生の父親 の出身地が丹後の宮津 (天の橋立ての近所) であったことである。私の亡父も同じ宮津出身だった。そこで、宮津の地を初めて訪れ、父が一世紀ほど昔に通学していた市立宮津小学校を訪れ、教頭さん (女性) と話をする機会を得た。もう一つの発見は、本庶さんと同様、早石研出身で京大医学部長を以前やっていた知り合い (成宮 周さん) が、この本に偶々登場し、定年退職後、京大医学部構内にある産学共同研究施設 "MIC" (メディカル=イノベーション=センター) の所長をしていることが偶然にも分かり、早速センターにメールをして、紫蘭会館食堂で、久し振りにランチを食べながら旧交を暖めることができた。 というわけで、本から学ぶことは、「人様々である」という感を深めた。
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