2021年5月16日日曜日

シドニー=ブレナー (1927-2019) :
線虫を実験材料にする研究の草分け

今日、(我々を含めて) 「健康長寿」に関して研究する人々の9割近くが、実験動物として、線虫 (C.elegans) を選ぶ。 その主な理由は、小動物の中で、最も寿命が短い (20度で2週間) からである。 哺乳類で最も寿命が短いのは、マウスで、2年半 (線虫の60倍!)。 その昔、寿命の研究は、主にショウジョウバエを研究材料に使用してやられていたが、その平均寿命は、約3カ月 (線虫の6倍!)。ショウジョウバエは飛び回るが、線虫には羽根がないので、飛び回る心配もない!
この 線虫に、1970年代の中頃、初めて目を付けたのは、南アフリカ生まれの分子生物学者、シドニー=ブレナーである。 当時、英国のケンブリッジ大学付属の分子生物学研究所 (MRC) の所長をしていた。 彼はそれまで、バクテリオファージや大腸菌を実験材料にして、いわゆる分子生物学をリードしていたが、ある日、この微小 (全長1 ミリ) の透明な線虫 に魅せられて、 単細胞生物からすっかり足を洗って、この多細胞生物 (全体で、約千個の細胞からなる) に乗り換えた!
丁度、その頃、私自身は米国のNIHで、土壌アメーバのミオシンを燐酸化する珍しいキナーゼ (後に「PAK 」と命名) の研究をしていた。 ブレナーは、透明な線虫の「神経組織の地図」を作成することを目指していたが、当初はいわゆる 「UNC」 (麻痺) 変異株の大部分が「ミオシン」に変異をもっていたので、学会でブレナーと会う機会がしばしばあった。 その後、彼は、線虫の全ゲノムの塩基配列の解明などに成功し、2002年に弟子のサルトンなどと、ノーベル医学賞を分かち合う。 その後、線虫研究者が続々 "ノーベル受賞" をしたので、線虫は「ノーベル賞への近道」といわれるようになった! 線虫の遺伝学により、(この生物には存在せぬ) 心臓、肺臓や脊髄などを除く殆んど全ての臓器の機能を、遺伝子レベルあるいはその産物 (蛋白) レベルで、説明できるようになった。 つまり、「多細胞生物」に関する分子生物学が、初めて誕生したわけである!
2005年頃、シドニーが座長になって、沖縄に、英語を公用語とする「沖縄科学技術大学院」 (OIST) を創立することになり、彼の英文自伝 の訳本 「エレガンスに魅せられて」 を、私は彼の弟子だった丸山一郎さんと共訳で、琉球新報から出版する機会を得た。 私自身が線虫を扱い始めのは2007年の夏で、"PAK" 欠損株の Phenotype (表現型) を初めて追究するためだった。 そして、幸いにも、この株が「長寿」であることを発見し、とうとう「健康長寿 への糸口」を掴んだ! 2019年4月に、ブレナーは隠遁先のシンガポールで、92歳の長い生涯を安らかに閉じた。。。皮肉なことに、彼は「医学部」出身ながら、医学、病気、薬の開発などには、全く興味を示さなかった。 彼は「好奇心の塊まり」のような純粋生物学者だった。 しかし、(線虫を選 んだ) 彼の「先見の明」に、我々「後進者」は大いに負うところが少なくない。。。

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