2018年11月8日木曜日

結核の特効薬「PAS」の誘導体 (19P)?

結核の特効薬「パス」(para-aminosalicylate) が化学合成されてから、既に120 年ほどが経過している。この「パス」が、抗生物質「ストマイ」に次いで、スウエーデンの化学者/医師 (ヨルゲン=レーマン、1898-1989) によって、結核の特効薬として再発見されたのは、1944年頃である。その御蔭で、敗戦後まもない1951年頃、小児結核に(集団) 感染した私自身や2人の妹の命が助かった、という、我が家にとっては、一生忘れえぬ歴史的体験がある。

さて、その「パス」の誘導体 (LX-007) が最近、中国の南京の研究グループによって、開発され、炎症に有効という結果が報告された。そのメカニズムを調べてみると、LPSによって誘導されるCOX-2の発現が、この薬剤によって抑制されることが判明した。更に、この薬剤によって、PAKの下流にあるERK やNF-kB も抑制されることがわかった (1)、つまり、LX-007 は (疑いもなく) 「PAK 遮断剤」の一種に違いない。 従って、抗癌作用もあるだろうし、例のPD-L1 の発現も抑制するに違いない。

ただし、この化合物は「パス」同様、分子中にカルボン酸があるため、細胞透過性が悪いと思われる。そこで、その 細胞透過性を (「15K」程度に) 大幅に高める努力 ("19P" Project) を、この研究グループと計画している。

「ストマイ」の発見者セルマン=ワックスマンは1952年にノーベル医学賞を独り占めしたが、何故か  (それよりも有効だった)「パス」の発見者レーマンには、とうとうノーベル賞が与えられなかった。パスによって命拾いをした (我が家を含めて) 世界中の多くの患者たちにとっては、何か釈然としないものがある。。。私自身の個人的な考えでは、少なくともノーベル医学賞は、その発見によって「恩恵を受ける (救われる) 患者の数」(あるいは「潜在性の大きさ」) に基づいて評価されるべきだと思う。

従って、以下は私の「夢」であるが、 15K や19P (PAS の誘導体) などのPAK遮断剤が市販された暁には、そのロイヤリティーを資金にして「レーマン賞」を創設して、真に"医薬の開発"に貢献した学者を表彰したいものである。。。


参考文献: 

1. Cao X1,2, Jin Y1,2, Zhang H1,2, Yu L1,2, Bao X1,2, Li F3, Xu Y4,5.
The Anti-inflammatory Effects of 4-((5-Bromo-3-chloro-2-hydroxybenzyl) amino)-2-hydroxybenzoic Acid (LX007) in LPS-Activated Primary Microglial Cells. Inflammation. 2018; 41(2):530-540.


2018年11月6日火曜日

癌治療薬としての「丸山ワクチン」 (含 LPS) の問題点?

丸山ワクチン (SSM=Specific Substance MARUYAMA) は1944年、皮膚結核の治療薬として誕生。ワクチンの生みの親:  丸山千里博士 (元日本医科大学学長・1901~1992年) にちなんで後に「丸山ワクチン」と呼ばれるようになった。皮膚結核に対して驚くべき効果をもたらしたこのワクチンは、ハンセン病の皮膚障害、発汗障害、神経障害にも効果を上げた。

皮膚結核やハンセン病の治療に打ち込むなかで、あるとき、この二つの病気にはガン患者が少ないという共通点が見つかった。このようにして、ワクチンの抗癌作用を調べる研究が始まった。1964年の暮れ (ちょうど私が駒場から本郷キャンパスに進学後間もなく) 、丸山は実際のガン治療にワクチンを用いることを決意し、知り合いの医師にワクチンを使ってみてくれるように依頼。そのうちに、あちこちの医師から「ガンの縮小がみられる」などの報告が届く。我が恩師 (水野伝一教授) も、丸山ワクチンの抗癌作用に注目したが、私の受けた印象では、その抗癌作用には、明らかに 「限界」 (悪戦苦闘の跡) がみえた。

ごく最近、その理由の一つが浮かび上がった。 私の理解が正しければ、丸山ワクチンの主成分は" lipo-poly-saccharide" (LPS) で、貪食細胞マクロファージなどを刺激して、炎症を起こす作用がある。 さて、PAK遺伝子が欠損したマウスでは、LPSで刺激しても、炎症が発生しない。 いいかえれば、炎症は発癌同様、PAK依存性の疾患である。PAK遮断剤であるプロポリスが炎症の治療に有効である理由が自ずから理解できよう。  さて、数年前から、LPS でPD-L1 発現を誘導する実験例が幾つか発表されてきた。 つまり、LPS は、PD-L1 を介して、免疫 (T) 細胞の抗癌作用を抑える働きがあることを意味する! 

更に、ごく最近になって、中国の研究グループから、LPS によるPD-L1 誘導には、PAKの下流にあるNF-kB が必須であることが明らかにされた (1)。 つまり、LPS はPAKを介して、PD-L1 発現を誘導して、抗癌免疫作用を邪魔していることになる。"皮肉な" 結論だが、丸山ワクチンから "LPS" を除かない限り、抗癌作用は余り期待できない!  

数年前の研究によれば、丸山ワクチン中のもう一つの主成分 (LAM=リポアラビノマンナンという多糖体) が、抗癌免疫能を高めているという報告が (九大と千葉大) の共同研究によって明らかにされたそうである。

References:

1. Li H1, Xia JQ1, Zhu FS1, Xi ZH1, Pan CY1, Gu LM1, Tian YZ1.
LPS promotes the expression of PD-L1 in gastric cancer cells through NF-κB activation. J Cell Biochem. 2018 Aug 26.

2018年11月4日日曜日

第3 の免疫療法: PD-L1 阻害剤 「BMS-202 」etc 登場!

PD-L1に対する抗体 (モノクローナル) で、その受容体 "PD-1 " との結合を抑え、癌の免疫 (チェックポイント) 療法を行なうというアプローチは、目下臨床で広範に実行されているが、薬価がひどく高いことと、抗体は脳内の癌や腫瘍には、無効であることなどが主な欠点である。 そこで、PAK 遮断剤などのいわゆる "シグナル療法" で、癌を撃退しようという「第2の動き」が最近、盛んになり始めていることを前述した。

さて、最近、もう一つの動き (第3のアプローチ) が登場しつつある。 それは、製薬会社「ブリストルマイヤー」開発の「BMS-202」 と呼ばれる化合物などに代表される PD-L1 とPD-1 との結合を直接抑える薬剤である。 ポーランドの古都クラコウにあるジャグローニアン大学の生物物理学者タッド=ホラック教授によれば、「BMS-202」 はPD-L1 に直接結合して、2量子体 (ダイマー) の形成を誘導することによって、受容体であるPD-1 との結合を阻止する働きを持つ (1)。  極めて、スマートな方法 (仮説) である! もっとも、 実際に動物実験で、この薬剤が癌の増殖を有効に抑えたという実例は、私が調べた限り、未だ見付かっていないようだが。

参考文献:

Structural Biology of the Immune Checkpoint Receptor PD-1 and Its Ligands PD-L1/PD-L2. Structure. 2017 ;25(8):1163-1174. 


 バーネットの免疫学を越えた「LED」 をめざせ! 
PD-L1 などのProgramme Death Ligands の機能をモノクローナル抗体やBMS-202 で直接阻害するアプローチは、確かにスマートではあるが、バーネットに始まる免疫学の域を脱していない。 従って、免疫が関与していない病気には、全く無効である。つまり、視野が狭い (馬車馬的な) アプローチである。 従って、"モーツアルトの名曲" のように、全てを解決してくれそうな「総合薬」ではない。

ここで、我田引水(あるいは自我自讃) になるが、我々の開発しつつあるPAK遮断剤は、1950年代の「バーネットの免疫学」を遥かに越えた (卒業した)  21世紀の総合薬である。癌ばかりではなく、種々の感染症や、認知症などの老化現象を含めて、殆んど凡ゆる難病に対処できるからである。 広範な病気の根源である「PAK」を標的にしているからである。 つまり、「病気とは何たるか」を総合的に理解した上での発明であるからだ。 従って、その市場 (潜在) 価値は莫大である!  医薬としてばかりではなく、育毛や美白などを目的とした化粧品にも、更に健康長寿にも役立つ!  つまり、対象は病気を患う患者ばかりではなく、いわゆる「健常者」全ても含めた人類 (否、家畜も含めて人畜) 全体に福祉をもたらす 「LED」 (Lifespan Extending Drugs) である。 

免疫学の鏡 (天才)「バーネット」(1899-1985) 
豪州メルボルンは1950年代、免疫学の「メッカ」と呼ばれていた。メルボルン大学構内にあるWEHI (Walter Eliza Hall Institute) の所長をしていたバーネット教授が「抗体による自他の認知」メカニズムを説明するいわゆる「クローン選択説」を確立したからである。その功績に対して、彼は1960年にノーベル医学賞をもらった。私は当時まだ高校生だったから、知らなかったが、翌年初めて来日、東京の伝研や京大を訪れて、いわゆるノーベル講演をしたそうである。 私がバーネットの存在を初めて知ったのは、東大の大学院博士課程で、マクロファージという貪食細胞を使用して、自他の認知メカニズムを解明する研究を始めた1969年頃である。恩師水野伝一教授の下で、「バーネットのクローン選択説」の英文 "原本" は高価でとても入手できないので、「海賊版」を数冊購入し、その訳本を助手や院生の有志数人と共に出版した。  

私自身の研究テーマは、「抗体を介しない自他の認知メカニズム」の存在を証明することであった。 (例えば、マウス由来の) マクロファージ自身は、抗体を産生せずに、「細胞培養系で」マウス由来の生きた赤血球を貪食しないで、他種 (例えば羊由来) の赤血球を選択的に貪食する。 つまり、抗体の存在しない状態で、自他の違いを認識しうる。しかしながら、マウスの赤血球も「老化 」(ATP を欠乏) すると、同種のマクロファージによって、貪食を受ける。つまり、マクロファージは、赤血球の自他を認識しうるばかりではなく、細胞の老化を認識して、除去する機能をも備えていることが証明された。その詳しい分子メカニズムについては、不明だったが、「バーネットの免疫学を越える」ものとして、雑誌「Nature」に受理された。

それから、15年近く欧米で "武者修行" を経た1987年に、メルボルンを初めて訪れる機会がやって来て、私はかの有名なバーネットに会えることを楽しみにしていたのだが、到着してみると、彼が既に (2年ほど前に) 結腸癌で他界したことを知って、大変失望した! しかしながら、他の意外な縁に助けられ、そのまま、ずっと「夢のメルボルン」に永住するという幸運を得た。 

 実は、当時メルボルン大学病院内にあるルードビッヒ国際癌研のメルボルン支部長をやっていたトニー=バ-ジェス教授は、ちょうど「バーネットの孫弟子」にあたり、WEHI 時代に「マクロファージ由来の免疫増強因子」を発見した。 この蛋白には従来の抗癌剤の副作用である免疫能の低下を補う薬理作用があった。そこで、「抗癌剤の補助剤」として、その市販に成功させた。 この「マクロファージが結ぶ縁」で、トニーの研究所に (免疫とは一見無関係に見える "発癌RAS-PAK シグナル経路" を標的とする) 「抗癌剤開発部長」として採用された。 

 丁度その年は、我が高校の先輩である利根川進 (MIT 教授) が分子免疫学でノーベル賞をもらった年でもあった。 それから30年以上の歳月が経過し、「本庶さんが癌の免疫 (チェックポイント) 療法でノーベル賞受賞」の報を受けて、我々のPAK遮断もPD-L1を遮断することによって免疫に関与していることが判明した!  全く皮肉な結末だ。「免疫という名の記憶」は、一度頭にこびりつくと、中々抹殺できないものである。。。