2019年10月9日水曜日

ノーベル化学賞候補に、メルボルンの生化学者
(グラハム=ミッチェルら、GST 融合蛋白の発明者)

1980年代後半に、ノーベル化学賞に輝くPCR (Polymerase Chain Reaction) 技術とほぼ同時に開発された極めて簡便な「GST融合蛋白」技術は、実はメルボルンのWEHI の研究者によって、発見された。私が1988年初めに、米国のサンディエゴから 豪州メルボルンの癌研 (WEHI の隣り) に転勤する直前 (1、2 週間前) だった。 この技術は、面白いことには、日本住血吸虫(学名:Schistosoma japonicum)由来のGST (Glutathione S-Transferase) 遺伝子が利用したもので、GST遺伝子に、自分が好む蛋白遺伝子 (例えば、 RAS やPAK) を融合して、大腸菌中で大量生産後、GSTの基質であるGSH (グルタチオン) を寒天ビーズに固定したカラムで、one-stepで精製できる (1)。

この技術とPCR を組み合わせると、あらゆる蛋白の凡ゆる変異体を自由自在に創造しうる。 この技術を応用して、1990年代前半に、我々のチームは、発癌蛋白RAS から各種の変異体を創り出して、その発癌メカニズムを解明すると共に、逆に (RAS 類似の) 新しい抗癌蛋白「RAP 」類の開発にも成功した。 この技術は、後に開発され2008年のノーベル化学賞にも輝いた「GFP融合蛋白」と同様、 生化学の目覚しい発展に貢献した。 従って、その恩恵を受けた地元の我々自身の意見では、GST融合蛋白の開拓者も、いつか「ノーベル化学賞」に価いすると確信している。このGST融合蛋白の開発者は、Jacques Miller  と共に、B 細胞 や T 細胞を発見した弟子 (院生) の Graham Mitchell の「寄生虫学研究」チームだった。そういう意味で、 後者の貢献度は "ダブル" に大きい!  

彼は元来、獣医で「GST融合蛋白」技術の開発後間もなく、WEHI を辞めて、1990年頃から、メルボルン動物園の園長を 3年ほど担当していたのを、私は鮮明に記憶している。本庶さん (京大) や私とほぼ同年 (喜寿) である Grahamは、 (私同様) 冒険好きで、色々新しい分野で、腕試しをするのが大好きなので、"ノーベル賞候補" の彼を、近い将来、"PAK" 陣営に勧誘してみようと考えている。来る12月10日 (ノーベル受賞日) に、メルボルン市内で、Mitchell  とその恩師 Nossal と面会し、PAK遮断剤「15K」などについて協議する手筈になっている。 

今年は、ノーベル化学賞を「リチウム電池」の開発に貢献した吉野 彰 (71歳、京大工学部卒、旭化成) らが受賞したというニュースを聞いて、余りしっくりしなかった。(我々が頻繁に利用する) ジャンボ=ジェット機 (のコンピューター装置など) で、良く火災事故を引き起こすリチウム電池にどんな社会的な貢献があるんだろうか?  もう一つ、受賞者の一人 (米国テキサス大学のジョン=グッドイナフ、「十分に良い」という苗字) はなんと97歳だという。従来の受賞「長齢記録」 (南部陽一郎さんらの87歳) を大幅に更新した。 そんなに長生きしないと、(十分に良く) 評価してもらえないとは。。。南部さんの場合は「健康上の理由」で、ストックホルムには出向かなかった。地元米国シカゴにあるスヱーデン領事館で受賞した。さて、グッドイナフ (Goodenough) 氏は果して、どう対応するだろうか? 

実は、巷の下馬表では、今年の化学賞は「ゲノム編集」技術を開発した欧米の2名の女性分子生物学者へ、とされていた。 再び、女性が差別を受けた感がある。。。


参考文献: 

Expression of an enzymatically active parasite molecule in Escherichia coli: Schistosoma japonicum glutathione S-transferase. Mol Biochem Parasitol. 1988; 27(2-3): 249-256.

2019年10月5日土曜日

世界陸上2019: 遂に「競歩王国」になった日本!

陸上の世界選手権が 目下、中近東のカタール王国「ドーハ」で開催されているが、10月4日の真夜中、男子20キロ競歩が行われ、世界ランキング1位の山西利和(23)=愛知製鋼=が1時間26分34秒で金メダルに輝いた。この種目の日本選手のメダル獲得は五輪、世界選手権を通じて史上初。今大会のメダル獲得は男子50キロ競歩, 鈴木雄介(富士通)の金メダルに続いて2個目。山西も鈴木と共に、日本陸連が定める「3位以内で日本勢最上位」という基準を満たし、来年の東京五輪代表に決まった。

さて、"眼鏡" がトレードマーク (眼鏡をかけたままスポーツをする選手は極めて珍しい!) の 山西選手は驚くなかれ「京大」出身、初出場で世界競歩の頂点に達した。酷暑のため直射日光を避け、"夜中の11時半スタート"という異例のレース。山西は第2集団から一人で中国選手を追いかけて7キロ過ぎに並び、そのまま先頭へ。その後は一人旅 (「独走」ではなく「独歩」) で逃げ切った。かくして、日本男子は競歩で20キロ、50キロのダブル制覇の快挙となった。

山西選手は京都府長岡京市出身。中学時代に陸上を始め、京都府立の名門「堀川高」1年時に先輩が歩く姿に興味を持ち、長距離から競歩に転向した。3年時の2013年には世界ユース選手権10キロ競歩で優勝し、将来を期待された。

有望スポーツ選手は強豪の私立大学に進むケースが多いが、山西は京大工学部に現役合格。物理工学を専攻し「文武両道」を貫いた。昨春に愛知製鋼に入社後は競技に割く時間も増え、昨夏のジャカルタ・アジア大会で銀メダルに輝き、今年3月の全日本競歩能美大会(石川)では世界歴代4位、今季世界最高の1時間17分15秒をマーク。 【毎日新聞の新井隆一記者】

 (注) 競歩とランニングとの違いは、競歩では、常に (少なくとも) 片方の足が地面に着地していなければならない。山西選手の「一時間18分」 (距離で、ゴール前2キロ) 付近で撮影された写真をみると、明らかに両足が地面から離れている。だから、「厳密にいえば」、彼はこの地点で「失格」になっていたはずであるが、幸いレースが真夜中に行なれたので、審判がそれをウッカリ見逃したのだろう。 山西君、来年の東京五輪 (本番) では、是非自重して「反則」をとられぬよう気をつけて欲しい!

2019年10月4日金曜日

ジャック=ミラー: 豪州の免疫学者 (T & B 細胞の発見) に
2019年「ラスカー賞」! ノーベル賞は再び「お預け」!

メルボルンは南半球における「医学研究のメッカ」であるが、特に免疫研究分野では、少なくとも1950-60年代に、「世界のメッカ」といわれていた。 その免疫学の中心は、メルボルン大学に隣接した医学研究所 「WEHI 」(Walter-Eliza Hall Institute) だった。1950年代には、所長をしていたMacFarlane Burnet (1960年ノーベル受賞者) がその中心的な人物だった。

今回 (先月)、88歳で「ラスカー」を受賞したJacques Miller は、実はフランス人で、1931年生まれである。幼年時代をフランス、スイス、中国 (上海) などで過ごした後、日本軍による本格的な満州侵略、真珠湾攻撃などに伴い、1941年末に急きょ豪州のシドニーに家族と共に疎開した。 彼がメルボルンのWEHI に勤務し始めたのは、英国留学後の1966年からである。 当時、所長をしていたGus Nossal 教授の下で、免疫学を研究し始めて間もなく、免疫を司どる2種類の細胞の存在に気付いた (1)。

その一つは、骨髄 (Bone marrow) 由来のB 細胞。 もう一つは、胸腺 (Thymus) 由来の T 細胞。 前者は、主に(感染防御に必須な) 抗体の生産に関与する。 後者は移植臓器の拒絶や癌に対する免疫排除などに関与する。 面白いことには、両者の免疫機能が病源キナーゼ「PAK 」によって、抑制されていることが、ごく最近明らかにされた。つまり、(プロポリスなどの) PAK遮断剤によって、両者の免疫機能が高められる。 

Jacques Miller らが、これら2種類の免疫細胞を発見した直後、私は大学院の博士コースで、免疫学を専攻し始めた。 私自身の博士研究テーマは、B 細胞由来の「マクロファージ」と呼ばれる貪食細胞が、抗体の存在なしに、細胞培養系で、いかにして「自他の認知」 (自種の細胞を食べずに、多種の細胞を選択的に貪食) するか、 その分子メカニズムを解明することだった。  

不幸にして、2019年のノーベル賞 (生理/医学) は「Hypoxia」(酸素不足) に関する研究者3名が受賞になった。従って、もしメルボルンの免疫学者ジャック=ミラーに今後将来、ノーベル受賞の機会が与えられるとすれば、「史上最長老」 (89歳以上) のノーベル受賞科学者になる。。。彼の「健康長寿」を心から祈りたい。

(20年以上昔の東大医学部内科からの研究論文によれば) 癌細胞などが "酸素不足" になると、(生き残るために) 細胞内の "PAK が異常に活性化される" そうである。固形腫瘍が血管新生を誘導する主な理由は、酸素不足を補うために、周辺に血管を発達させ、腫瘍細胞に酸素を十分に補給するためである。従って、PAK遮断剤によって、血管新生を抑えると、全ての固形腫瘍は "酸素不足" のため死滅する。

ノーベル受賞者で、史上たった独り「死後に受賞」した科学者がいた。2011年に、免疫療法に関して受賞したロックフェラー大学の Ralph Steinman である。 彼は自分の開発した免疫療法で、自身のスイゾウ癌の治療を数年続けていたが、不幸にして、(10月初旬の) 受賞発表一週間前 (9月30) に死亡した。 しかしながら、受賞が死亡直前に既に決定していたので、「例外的に」彼の "死後受賞" が (家族の出席によって) 12月に続行された。

 参考文献:

1. Mitchell GF, Miller JF. Immunological activity of thymus and thoracic-duct lymphocytes.
Proc Natl Acad Sci U S A. 1968; 59(1):296-303.

2019年10月1日火曜日

「ラグビー王国」になりつつある日本チームの快挙!
決勝 (11月2日) では、南阿が英国を圧倒!

英国で1823年頃に、偶然に誕生したラグビー (実は、オックスフォード大学出身の牧師が発明者!) は、その後、南半球にある英連邦の3国、ニュージーランド (オール=ブラックス)、豪州 (ワラビー)、南阿 (スプリング=ボクス) のラグビーチームによって世界一を競われ始めた。 最近では、英国の隣国アイルランドのチームが、世界ランク2位に乗し上がった。そのアイルランドチームを、日本で開催中のワールドカップ (2019年) の予選で、見事に破った日本のラグビーチーム (世界ランク10位) の快挙 (成長ぶり) は実に素晴らしい。 もっともチームの大半 (ラガーマン) は、海外育ちのいわゆる「外人部隊」だそうであるが。 スポーツや科学の世界では、国境はない。生まれはともかく、自分が選んだ好きな国で存分に活躍してもらいたい。 

日本にラグビーが紹介されたのは、1899年、横浜生まれのエドワード=クラーク教授と田中銀之助によって慶應義塾大学の学生に紹介された。クラーク (英語教師) と田中は共にケンブリッジ大学の卒業生。1901年、慶應チームは「Yokohama Foreigners」(横浜外人) と対戦し、35対5で大敗した。1991年以来、「東京外人」チームが日本  (特に首都圏) でラグビーの普及と国際親善に活躍中。

10月13日の対スコットランド戦に、もし日本が勝利すると、グループAの"トップ"となり、恐らくグループBの2位のチーム (これまで2戦全勝の強豪「南阿」) と準準決勝を争うことになるだろう。結局、日本の快進撃は「強豪」南阿に大きく阻まれ、準決勝は、英連邦諸国のみ (英国、NZ、南阿、ウエールズ) 同志の間で戦われることになった。これまでの日本の健闘を讃えたい! 今回、NZ (オール=ブラックス) は精彩がなく準決勝で英国に惨敗、決勝 (11月2日) では、南阿が英国を圧倒し、32-12で優勝した。 前半は両者トライなしで、ゴールキックで点稼ぎを続けたが、後半に南阿が2回の見事なトライに成功し、勝負をつけた。

日本は、準々決勝で「優勝チーム」南阿に負けたのは、当然の帰結だった。前回のワールドカップで、(油断か) 日本に小差で負ける大失敗をやらかした南阿は、4年間に著しい成長を遂げ、今回遂に (通算3回目の) 栄冠を勝ち得た。
日本も今回得た教訓を生かして、次回に向けて、更なる成長を期待する!  

(スクラムを組む) 頑丈な体と、ボールを抱えて50メートルを一気に疾走する脚力の持ち主が、典型的なラグビー選手である。勿論、機敏なパスや正確なキックの出来る能力も必要だ。か細く駿足でもない私自身は、マラソンや競歩選手に過ぎず、とても「ラガーマン」にはなれない。

しかしながら、我が母校 (都立日比谷) のラグビーチームは、その昔 (1961年の正月明け) に、ラグビーの名門校である(私立) 保善高校と肩をならべて、東京代表として、花園ラグビー場で開催されたインターハイに出場して、見事「ベスト8」に残る快挙を果たし、「文武両道」を日本中に示した輝かしい歴史を持つ。しかも、チームの主力は、大学受験を間近に控えたベテランの3年生組!  当時、日比谷から毎年200名近い卒業生が、勿論ラグビー部員 (ラガーマン)  を含めて、東大に入学していた。だから、ラガーマンではない卒業生も、ラグビーには「ひとしおの関心」があった。 当時、ラグビー部のキャプテンだったのは、我が同級生の角尾  肇 君だった。 医学部に進学し、その後、花粉アレルギーを研究する免疫学者として活躍していると聞いている。彼も、今年のワールドカップをさぞかしエンジョイしているに違いない。。。

 このワールドカップ終了後まもなく、東京で我々の「喜寿」(77歳) を祝う同窓会が開催されると、同級生から聞いている。 恐らく、ワールドカップも活発な話題に乗るだろう。残念ながら、私は今回は出席できないが、数年前の同窓会では、50名クラスの30名ほどが元気な姿を見せた。 「米寿」 (88歳) を祝う同窓会には、(まだ健在ならば) 是非出席したいと思っている。それまでに「日比谷」の再起 (花園へ再出場) が実現すれば、実に素晴らしい!「 文武両道」が古今東西に通ずることを再確認できるからだ。

2019年9月15日日曜日

脳軟化症、自閉症、癲癇などを含む神経疾患に
PAK遺伝子の変異が関与!

マウスなどの動物実験などで、PAKの異常活性化が一連の神経疾患 (例えば、認知症、自閉症、癲癇など) を起こすことがかなり前から知られていた。 従って、プロポリスや目下開発されつつある一連のPAK遮断剤によって、これらの神経疾患を治療しうる可能性が期待されている。しかしながら、実際にヒトの患者で、PAK遺伝子自体に変異が発見される例は、今まで極めて稀れであった。昨年、ドイツのハンブルグ大学病院で、いわゆる「キューピー病」(ヌーナン症候群 ) 患者 (児童) に、PAK遺伝子に明らかな変異が発見されたのが、恐らく最初の実例であろう。

さて、つい最近になって、同じくドイツのライプチッヒ大学の小児科病院で、脳疾患患者の中に、PAK遺伝子の新たな変異が発見された。PAK 蛋白は通常、ホモダイマー (2量子) を形成して、不活性な状態にある。ところが、RAC や  CDC42 などのG蛋白が結合すると、ダイマーのジッパーが開いて、活性状態になる。ところが、この脳疾患者の 場合は、PAK遺伝子自体に変異が起こったために、ホモダイマーの形成が不十分で、G蛋白が外から結合しなくても、ジッパーが半開き状態のままになり、恒常的に活性化が進行状態になるという。 この患者たちには、脳の発達障害と肥大、自閉症らしき症状や癲癇に似た発作が伴っている。

蛇足だが、ライプチッヒの町はその昔 (敗戦後長らく)、東独側に属していたが、古い伝統的な町で、かつて、文豪のゲーテや作曲家のバッハなどが活躍していた町である。最近は、ネアンデルタール人 と人類 (ホモ=サピエンス) の遺伝子の比較解析などで良く知られるようになった。

参考文献: 

Horn S, Au M, Basel-Salmon et al. De novo variants in PAK1 lead to intellectual disability with macrocephaly and seizures. Brain. 2019 Aug 29. pii: awz264.

2019年9月9日月曜日

酸乳「カルピス」中のペプチド (CS19) の意外な薬効!

「カルピス」という牛乳由来の「甘酢っぱい」発酵飲料が発売され始めてから、今年で創業百年目に当たるという。第一次世界大戦の終了直後の1919年に、蒙古高原の旅から東京に戻ってきた僧侶「三島海雲」なる人物が、蒙古民族の間で人気のある発酵牛乳 (酸乳) のアイディアを生かして、脱脂粉乳に砂糖と水とカルシウムを加えて発酵したものを製品化して、「初恋の味」というしゃれたキャッチフレーズを付けて、国鉄「恵比寿駅」近くにある工場から発売し始めたのが、その起源である。 「カルピス」の「カル」は元来「カルシウム」に起因するようだが、現在はカルシウムは特に加えてないようである。

さて、ごく最近、「カルピス」に関する大変面白い論文を見つけた。牛乳中の蛋白成分「ガゼイン」が乳酸菌によって分解され、19個のアミノ酸からなるペプチド(CS19) に蓄積するそうであるが、そのペプチドには、記憶や学習能力を上げる功果があることが、臨床テストで証明されたという内容である。カルピス (朝日ビール傘下) と京大農学部との産学共同研究結果だそうだ。

その論文を読んで「ハタ」と閃いたことがある。 このペプチドには「プロリン」というアミノ酸が豊富であったからだ。実は、もう20年以上も昔、 病原キナーゼ「PAK 」に結合する蛋白「PIX 」が発見された。この蛋白が、PAK分子上の18個のアミノ酸からなる (プロリン豊富な)「PAK18」と呼ばれる部分と結合すると、PAKを活性化し、細胞の癌化を引き起こす。 さて、PAK18自身は、細胞膜を通過し得ないが、これに細胞透過ペプチド「WR」を結合させると、癌細胞に入り、PAK とPIXとの結合を選択的に阻害することによって、癌化 (癌の増殖) を阻害することを我々は突き止めた。この現象は、癌細胞に特異的で、正常な細胞の増殖には、全く影響を与えなかった。こうして、PAK とPIX の結合が癌化に必須であることが初めて実証されたわけだ。

さて、PAK は癌化ばかりではなく、種々の神経疾患、例えば認知症などに伴う記憶や学習能力の喪失にも関与している。 カルピスのペプチド (CS19) とPAK18とは、両方ともプロリン豊富であり、然も長さ(ペプチド鎖) もほぼ同じ位である。 ひょっとして、カルピス中の「CS19 」は、PAK18同様、PAK と PIX の結合を阻害するPAK遮断剤ではなかろうか?  病弱がちだった三島海雲 (1878-1974) は、カルピスを飲み始めてから、健康になり、95歳以上の健康長寿を全うしたそうである。。。

更に動物実験でも、CS19 に寿命延長効果や血圧降下作用などがあることが実証されており、これらの薬効は、プロポリスなどのPAK遮断剤と極めて良く類似している。従って、カルピス (毎日、250  ml 以上) で 、癌/NFなどの予防や治療も可能かもしれない。



2019年9月6日金曜日

15K: 2 種類の異なる経路 (PAK 及び BET) を経て、
PD-1 とPD-L1 を共に遮断する!

我々の体内には、癌細胞を異物と認識して、それを除去せんとする胸腺由来の免疫 T 細胞があるが、悪性の癌細胞には、その免疫細胞を殺す機能を持つ「PD-L1」と呼ばれるリガンドが存在し、免疫細胞の表面に存在する「PD-1」と呼ばれる受容体に結合すると、免疫細胞を破壊して、いわゆる「癌に対する防御機能」をダメにする仕組みをもっている。 従って、原理的には、何らかの方法によって、どちらかの発現を抑えることができれば、癌の増殖を再び抑えることが出来るようになる。そのような方法を「癌の免疫 (チェックポイント) 療法」と呼ぶ。 詳しくは、「京都大とノーベル賞: 本庶佑と伝説の研究室」 (河出新書) などを参照されたし*。

さて、 PAK 遮断剤「15K 」が癌細胞中で, PD-L1の発現を抑制する
可能性が高いことは、前述した。つい最近、トルコのイスタンブールの研究グループにより、(PAK遮断剤) プロポリスがPD-L1の発現を抑制することが初めて実証された!  その後の文献調べによって、免疫 T 細胞中で、PD-1の発現も抑制する可能性が判明した。 理由は以下のごとし。実は、PD-L1の発現もPD-1の発現も、PAK の下流にある転写蛋白 "beta-catenin" とその更に下流にある転写蛋白「MYC」 依存性であることが判明したからである。

更に面白いことが分かった。 メルボルンにいる昔の同僚から、beta-catenin や MYC の発現には、「BET蛋白」が必須であり、その阻害剤には、「1,2,3-triazol 環」を有するものが多い事が最近、判明したそうである。「15K 」にも、「1,2,3-triazol 環」があることから、第2 の標的「BET」をも直接に阻害する可能性が出てきた。

更に、数年前に発表されている論文によれば、メラノーマの増殖には "BET -MYC" 経路が必須であることが判明していた。ところが、我々自身の研究によれば、(メラノーマのメラニン色素合成にはPAKが必須であるが) メラノーマの増殖自身にはPAK が必要ないにもかかわらず、PAK遮断剤である「15K」によって、極めて強い増殖阻害を受けた (IC50= 5 nM)。従って、 「15K」にはPAK以外のメラノーマの増殖に必須な (第2の) 標的蛋白を抑える作用があることが前々から予想されていた。 ここに至って、謎の標的が「BET」である可能性が濃厚になった!

従って、"ダブル=パンチ"で、PD-L1 と PD-1 の発現を同時に阻害する可能性が高い。言い換えれば、15K は、単価も安く、血管脳関門を通過しうる (しかも"副作用のない") 制癌剤になりうる。つまり、ノーベル賞受賞の本庶氏が考案した小野薬品市販の高価な「モノクローナル薬剤」の遥か上を行く薬剤として、将来市場で活躍する可能性がある!

* この夏、京都で開かれた国際癌学会で講演するために、京都に久し振りに逗留した折に、烏丸四条近くにある本屋で購入した新書本の一つである。実は、私の亡父が京大 (独文) 出身だった。 この本で、面白い史実を一つ発見した。 所謂「京大医学部伝説の研究室」の主である早石修先生の父親 の出身地が丹後の宮津 (天の橋立ての近所) であったことである。私の亡父も同じ宮津出身だった。そこで、宮津の地を初めて訪れ、父が一世紀ほど昔に通学していた市立宮津小学校を訪れ、教頭さん (女性) と話をする機会を得た。もう一つの発見は、本庶さんと同様、早石研出身で京大医学部長を以前やっていた知り合い (成宮 周さん) が、この本に偶々登場し、定年退職後、京大医学部構内にある産学共同研究施設 "MIC" (メディカル=イノベーション=センター) の所長をしていることが偶然にも分かり、早速センターにメールをして、紫蘭会館食堂で、久し振りにランチを食べながら旧交を暖めることができた。 というわけで、本から学ぶことは、「人様々である」という感を深めた。