ニュートンが「りんごの落下」を観察しなかったら、「万有引力の法則」は生まれなかった。。
盲目者には、(数学/代数は出来ても) 自然科学や絵を描くことができない!
放射性 (蛍光を発する) 元素 (ウラニウムやラジウム) の発見は、写真「乾板」への感光から始まる! キューリー夫人は、凡ゆるウラン鉱石中の「ラジウム/ウラン比」が一定であることから、(大きな) ウラン (92/238) が崩壊して, (小さな) ラジウム (88/226) 等に変化したことを "演えき"!
最近, メルボルンの書店で、新本 (Non-fiction) を探している内に、目に止まったのが、(邦訳すれば) 上記の如き題になる「英文の本」である: The Elements of Marie Curie:How the glow of Radium lit a path for women in science.
著者は、New York Times (新聞) の元科学評論家で、現在 「Scientific American」 (雑誌) の論説家。 「 ガリレオの娘」で, ピューリッツァー賞を受賞.
もう20年以上昔、我が輩はノーベル文学賞に輝く米国作家、パール=バック女史の評伝 (上下巻) を、"7人の侍" (女性科学者) と一緒に共訳した経験がある。 その体験を生かして、読書後 (1-2年中に)、上記の評論 (約270ページ) を 約3人がかりで、邦訳してみたいと考えている。
訳者には、ノーベル賞をめざす女性科学者 (できれば、分子生物学者) を募りたい。
さて、この評論 (最初の90ページ) 中に、"思わぬ" 発見をした: キューリー夫人は科学者ながら、画才もあり! 幼年の日記の中に、飼い犬「ランサー」の表情豊かな "デッサン" が発見された (我が輩も科学者ながら、絵画を趣味にしている): "観察" は, 自然科学/絵画の "第一歩"!
キューリー夫人に関する最初の伝記は、次女 (エヴァ) によって、1935年に出版され、ベストセラーになり、翌年 (夫人に扮するグリア=ガースン主演で) 映画化された (我が輩も30年ほど昔に、ビデオを観賞したことがある) 。。。
キューリー夫人は夫のピエールと最初のノーベル賞 (物理学、 1903年) を分かち合ったが、 不幸にして、1906年4月19日に、ピエールが暴走してきた馬車に牽かれて即死した。 その後 (1911年の誕生日) に、キューリー夫人は2度目のノーベル賞 (今度は化学賞) の受賞通知を受けた。 丁度その頃、彼女はピエールの弟子であったポール=ランゲバンと極めて親しくなっていた。実は、ポールは、その妻 ( ジャン) と、"不和" が長らく続いていたからだ。しかしながら、ジャンが、この "2人" を殺す、と強迫し始めた! 結局 、キューリー夫人の "再婚" は実現しなかったが、(ずっと後に, 第二次世界大戦終了後) ポールの孫 (マイケル) とキューリー夫妻の孫 (ジョリオ夫妻の娘 ヘレン, 原子物理学者) 同士 が めでたく結婚にゴールインした!
キューリー夫人の最初の功績は、放射性 (蛍光を発する) 元素 "ラジウム" を発見したことであるが、更に、ウラニウムなどの放射性元素が崩壊して、ラジウムやポロニウム等、別の元素になる現象 (Transmutation) を "化学的" に証明 (右図を参照)し、二度目のノーベル賞に輝いた。 最終的には、これらの "壊変" が、ウラニウム等の「原子核の崩壊」に伴なう莫大なエネルギーの放出として実現され、原子炉や原子爆弾の開発に発展した。。。従って、彼女は (是非は兎も角) "原子エネルギー" 開発の切っ掛けを構築したと言えよう。
残念ながら、彼女は1934年に (「放射能」被ばくのため) 67歳で病死し、1945年の米国による原爆の開発や (広島/長崎への) の投下を阻む事はできなかった (実は、彼女は「戦争が大嫌い」だった)。
なお、キューリー夫妻の長女 (イレーナ) は、その夫 (フレッド=ジョリオ) と共に、初めて「人工的な同位元素」を開発し、1935年にノーベル化学賞を獲得し、戦後、フランスの「原子炉の開発」 (原子力の平和利用) に貢献した。"放射性"同位元素 (Isotopes) は、我々"生化学者"によって、"トレーサー" として広く利用された (もっとも最近は、大衆の間に広まった「放射能恐怖症」のため、利用されなくなったが)!
キューリー夫人は、"ロシア占領下" のワルシャワ, ポーランドを抜け出して、自由なパリで成功を修めた。"ロシア占領下" のウクライナを抜け出して、海外/西欧諸国で活躍しているウクライナ人達にも、勇気を与えることだろう。
注: ラジウムは、1898年にキューリー夫妻によって、ピッチブレンドから微量な蛍光元素として発見されて以来、放射線源として、主に"放射線治療"や時計の文字盤などの"夜光塗料"として利用されて来たが、1960年以後 (「発癌性」が発見されたため) 使用禁止! 従って、その発見自身は「歴史的意味」をもつが、"実用性" はもはや無い。 従って、(敗戦後まもなく日本を襲った) 集団結核から我々児童を救った特効薬「PAS」や、全く「無害な」一連の "PAK遮断剤" (=健康長寿促進剤) の発見 のほうが、ずっと "社会福祉" に貢献している (我田引水)!
自然科学分野で、最も有用な発明を果した女性は、ドイツ系の米国有機化学者、Gunda Georg 教授である。天然PAK遮断剤 「Triptolide」 を燐酸化して、その水溶性を 3000 倍 に高めるのに成功した! この誘導体「Minnelide」は、抗癌剤として、臨床テストで、"Phase III" にまで目下進んでいる。市販まで、もう一息である。 市販されたら、"ノーベル化学賞候補" に、我が輩は推薦したい!
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