2019年11月6日水曜日

レオウイルスによる癌治療: PD-L1 の発現を増強!

20 年以上昔、「サイエンス」誌上に、「レオウイルス」というウイルスが (すいぞう癌や大腸癌など) RAS によって癌化した細胞を (正常細胞に影響なく) 選択的に殺すという素晴らしい発見を、カナダのロッキー山脈の山麓 (スキー場で有名!) にあるカルガリー大学のパトリック=李 博士の研究グループが発表して、癌学界にセンセーションをまき起こした (1)。

間もなく、地元のカルガリーに「Oncolytic Biotec」という会社を設立し、「Reolysin」 と呼ばれるウイルス注射剤による癌の治療に関する臨床テストを始めると聞いた (カナガ、米国、日本などで) 。 そこで、私は丁度「癌との闘い: シグナル療法と遺伝子療法」(共立出版) という単行本を執筆中だったので、ウイルス療法という章で「レオウイルス」を取り上げた。

当初、その抗癌メカニズムは、「PKR」と呼ばれる抗癌蛋白燐酸化酵素 (キナーゼ) によるものと考えられていた。 正常な細胞では、PKR が活性化状態にあるため、レオウイルスの蛋白合成が抑制されているが、癌細胞中ではRAS により、PKR が抑制されるため、ウイルス蛋白が合成されやすくなるため、癌細胞が特異的に、このウイルスによって破壊されると考えられていた。

しかしながら、その後の研究から、どうやらRAS の下流にある発癌キナーゼ「PAK 」も、そのメカニズムに関与していることが明らかになった。 レオウイルスに限らず、HIV やインフルエンザ=ウイルスなどのウイルスの感染には、宿主のPAK が必須であることが判明したからだ。

更に、ごく最近、レオウイルスが「PD-L1」の発現を誘導することが明らかになった。 前述したが、 PD-L1 の発現にも、PAK が必須である。従って、レオウイルスは、RAS 癌を殺すばかりではなく、T (胸腺) 細胞の「抗癌免疫機能」を抑える結果になるわけである。レオウイルス (Reolysin) は20年近く臨床テストを続けているが、未だに、治療薬として市販をFDAから許可されていない最大の原因は、ここにあるようだ。

レオウイルスがいまだに市販に至らないもう一つの理由は、癌の転移を抑えないからだと私は思う。 癌の増殖を抑える実験結果は数多く発表されているが、"転移を抑えた" というデータは全くない。癌患者を最後に死にいたらしめるのは、癌の転移に他ならない。従って、この抗癌ウイルス療法は確かに延命効果はあっても、「癌の根絶」ができないために、(癌の増殖と転移を両方抑える) プロポリスなどのPAK遮断剤と違って、市販が中々容認されないのだろう。 

それに比べると、我々の開発したPAK遮断 (経口) 剤「15K」は、未だ臨床テストに入っていないが、癌細胞 (固形腫瘍) を選択的に殺すばかりではなく、癌の転移PD-L1 やPD-1 の発現を抑えることによって、癌患者の抗癌免疫を高める作用も兼ね備えているので、明らかにより有望と考えられる。従って、"Oncolytic Biotec" の研究所長 (マット=コフィー) にコンタクトをとり、「15K」に作戦を切り換えるよう働きかけをしてみようと思っている。 因みに、マットはレオウイルスの抗癌作用を初めて発見した当時、李博士の院生だった (1)。

 面白いことに、レオウイルス (二重鎖RNA) は一般にネズミ (マウス) などに感染するが、健康な成人には通常、感染し難い。発癌して初めて、人の (RAS) 癌細胞に感染し易くなる。 従って、私の個人的な推察だが、マウスの平均寿命 (約2年半) が健康人の平均寿命 (約80年) に比べてずっと短い理由の一つは、ネズミのPAK 活性が (ヒトに比べて) 異常に高いために、このウイルスに感染しやすくなるからではなかろうか。 一般に、動物は "PAK 活性が高いと多産になるが、逆に短命" になる。

参考文献:
1。Coffey MC, Strong JE, Forsyth PA, Lee PW. Reovirus therapy of tumors with activated Ras pathway. Science. 1998; 282(5392):1332-4.

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