生物学に興味があり、しかも分子生物学が理解できる若者たちには、前述の団さんの本より、下村さんの本を、我が輩は勧めたい。 この回想録には、GFP (Green Fluorescent Protein) という蛍光蛋白が登場するからである。 しかも、結局 “ノーベル賞” に値する研究だったからである。団さんのウニに関する研究よりもはるかに、貢献度が大きい! 我が輩ですら、(十数前に)その恩恵にあずかった!
GFPの持つ(他の蛍光蛋白、例えば、ホタルのルシフェラーゼと違う)最大の特色は、その蛋白分子内の3つのアミノ酸(Tyr-Ser-Gly) が“蛍光発色団”を形成していることである。従って、そのアミノ酸を適当に置換することによって、より蛍光度の強い、あるいは色の違う(吸収波長が違う)変異体を、いわば自由自在に構築する(つまり、"化学的に進化" させる)ことが可能である。
我が輩の研究は、2007年を境にして、癌研究から、寿命の研究に移った。そのきっかけを作ったのが、このGFPである。 C. elegans と呼ばれる線虫は、全長1ミリ程度の、ちっぽけな無脊椎動物であるが、今世紀に入って、寿命の研究に、一躍活躍し始めた。
その一番の理由は、寿命が短いからだ。(気温)20度で、寿命は2週間足らず(マウスの寿命の僅か50分の一!)である。つまり、研究結果が“短時間”で得られる(“時は金なり”である!)。
さて、今世紀の初め頃、米国中西部コロラド大学のトム ジョンソン教授 (線虫研究の大家)の研究室にいた、クリス=リンクスという優秀なポスドクがいた。クリスは、(透明な)線虫の寿命を延長しうる、いわゆる“健康長寿の薬”を、更に短時間でスクリーニングする目的で、ある特殊な "GM" 線虫株(CL2070) を構築した。
実は、1988年にジョンソン教授が線虫株で、野生株の2倍の寿命を持つ変異体(Age-1) を発見した。その後、その変異体には、発癌キナーゼ(PI-3 kinase)遺伝子が欠損していることが判明した。 しかしながら、このキナーゼを阻害する薬剤・食材を、健康長寿の薬にすることはできない。というのは、哺乳類では、この酵素は、癌にも関与するが、心臓の発育にも、必須であるからだ (線虫には、心臓がない!)。そこで、この酵素の下流にあるキナーゼで、心臓には必須でない物が、目指す薬の“標的”としてふさわしい。そこで、候補に一躍挙がったのが、我々が発見・研究している“PAK”である!
変異体(Age-1)の顕著な特徴は少子化と熱耐性の増加であった。後者(熱耐性)には“HSP16”と呼ばれる熱ショック蛋白の遺伝子が活性化される必要がある。そこで、クリスは、この遺伝子のプロモーター部分にGFP遺伝子を融合させ、HSP遺伝氏が活性化されると、GFPが合成され、線虫が、蛍光を発するようなGM株を作成した。
さて、2007年の夏休みに、我が輩は、米国のボルチモア(首都ワシントンの近く)にある大学に滞在中、PAK遺伝子欠損株(線虫)の少子化と熱耐性を発見した。つまり、この欠損株は、“長寿株”である可能性が濃厚になった。そこで、CL2070株を、PAK遮断剤であるプロポリス成分であるCAPEなどで、処理したところ、(熱ショック直後) 線虫が、蛍光を発した! つまり、PAK遮断剤は、健康長寿の薬である可能性が大になった! 2009年に、別のグループが、マウスでも、健康そうなPAK欠損株を見つけた。明らかに、心臓の発育に、PAKは不必要である! 最終的には、2013年に、我々は、線虫のPAK欠損株が、野生株より6割も長生きすることを証明した! 従って、下村さんのGFPは、長寿の薬・食材の発見にも役立つわけである。だから、GFPの発見はノーベル賞に値いする "貴重な" 研究だった。
更に、クリス=リンクスによる線虫株“CL2070” (=HSP16-GFP)も、将来ノーベル賞に値する!
彼の素晴らしい工夫が、我々の“健康長寿”研究(特に、PAK遮断剤の発掘)を大きく飛躍させたからである。俗に、線虫研究は、ノーベル賞への ”近道”(Highway) といわれている。
我が輩が、もし、“米寿”を迎えることができたら、“線虫から学ぶ: 健康長寿法”という単行本を出版してみたい!
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