2020年6月23日火曜日

開拓者の歩む道: 自分自身の「エベレスト」を探せ!

エベレストとは、世界最高峰のエベレスト山 (海抜8850 m) を指す。 インド測量局 (Survey of India) 長官を務めたジョージ・エベレストにちなんで命名。

1920年代から長きにわたる挑戦の末、1953年5月末に英国探検隊のメンバーでニュージーランド出身のエドモンド・ヒラリーとネパール出身のシェルパであるテンジン・ノルゲイによって初登頂がなされた。エベレストの標高については諸説あり、1954年にインド測量局が周辺12か所で測定し、その結果を平均して得られた8,848mという数値が長年一般に認められてきた。1999年、全米地理学協会はGPSによる測定値が8,850 m だったと発表。

さて、ヒラリー=テンジン組が初登頂に成功した時、私は10歳、小学4年で、集団小児結核の蔓延のため、学校を一時休学して自宅療養していた。アマチュア登山家の父が「エベレスト征服」を伝える新聞記事を私に見せながら、こう言った。 「エベレストは、もはや前人未踏の山ではなくなった! 自分自身のエベレスト (前人未踏の標的) を見つけよ!」。 以来、私自身のユニークな「標的探し」が始まった。 結核は幸い、特効薬「PAS」の御蔭で、全快し、9月から復学が許された。

大学入試前の夏休みに、神田の古本屋で、「化学療法の父」といわれているパウル=エーリッヒの伝記を見つけて、感銘した。梅毒に対する特効薬 (魔法の弾丸)「サルバルサン」(606) を1909年に開発したユダヤ系のドイツ人病理学者である。サルバルサンは2種類の異なる作用を持つ化合物 (アニリン色素とヒ素) を結合させた (言わば、芸術的な) 作品である。このアニリン色素は梅毒菌に特異的に結合する化合物であり、毒性のあるヒ素を利用して、(副作用無しに) 梅毒菌だけを選択的に殺す作用を持つ。

彼は若い頃、ベルリン大学病院で医師として勤務していたが、趣味として、様々な色素を使用して、組織染色法を開発しつつあった。ロベルト=コッホが結核菌を発見した直後、その発表会に出席して、組織染色法で結核菌も染色しうることを提言した。しかし、その学会が勤務時間中だったので、こっそり学会に出席したはずの彼は、同じ学会に臨席していた (石頭の) 病院長から解雇された。そこで、自宅の研究室で研究を続けたが、 (この染色法開発中に) 彼自身が結核に感染し、エジプトで療養せざるを得なくなる苦い体験を積んだ後、幸いにも、コッホ研究所から研究職を与えられる。更に、皮肉なことには、このエジプト療養中の体験から彼が導き出した「免疫の (鍵と鍵穴) 理論」が、彼に与えられたノーベル医学賞 (1908年) の対照になった! 不運が逆に幸運に転じたわけである!  詳しくは、1940年製作のMGM (白黒) 映画「Dr. Ehrlich's Magic Bullet」を観賞されたし。
 
私が選んだ最初の 「エベレスト」は、癌に対する「魔法の弾丸」だった!  そこで、「画家」志望を諦めて、「薬学」進学に人生航路を「180度」修正した。私の院生時代、大学では、何故か「癌の免疫療法」という研究がはやっていた。しかしながら、私には余り魅力が感じられなかった。それに、他人の尻を追うのは、私の趣味 (前人未踏) ではなかった。 特に、癌細胞と正常細胞との間の "本質的な違い" が不明のままだった。 そこで、全く別のアプローチを試みた。

薬学博士を取得してから、一年だけ助手を務めた後、幸い渡米留学のチャンス (米国NIH から奨学金) が得られた。 そこで、どこの大学に行くかの選択に、登山とアメーバ研究ができる研究室を先ず選んだ。ロッキー山麓のコロラド大学 (ボールダー校、海抜1600 m) に的を絞った。丁度そのころ、太田次郎 (お茶の水大学教授) 著「アメーバ: 生命の原型を探る」が、NHKブックスからが出版された。その本に、大小様々なアメーバに 関する研究が紹介されていた。ボールダーでは、巨大アメーバを使用して、(顕微鏡下で) 核の移植が可能だった。  そこで、偶然にも、山岳作家「新田次郎」の息子で、数学者の藤原正彦 (後に御茶ノ水大学教授) に出会った。 のちに、彼はボールダーでの体験を「若き数学者のアメリカ」という本にして出版、ベストセラーになったそうだ。 私は一年間で目的の研究を完成し、東海岸にあるワシントン郊外のNIHに移る直前に、念願のロングス=ピーク(ロッキー山脈の最高峰、海抜 4340 m) の登頂を、親友サンチェス (Law School の院生) と果たした。

いよいよ、憧れのNIHで、別の土壌アメーバを利用して、 "前人未踏"の快挙を見事に成し遂げる!  アメーバのミオシンを燐酸化する (後に「PAK」 と命名される) 酵素 (キナーゼ) を発見する。それから17年後に、我々哺乳類にも、同じようなキナーゼ (PAK) が存在することが判明した!  その17年間、私は、別のアメーバを利用して、様々な "冒険" (武者修行) を楽しんだ。先ず、西独ミュンヘンにあるマックスプランク研究所に移り、真生粘菌 (Physarum) と呼ばれるアメーバから、アクチンを燐酸化けする珍しいキナーゼを発見する。この "AFキナーゼ" は,  奇妙なことには、アクチン (A) がフラグミン (F) と呼ばれる別の蛋白と結合している時だけ、燐酸化する。 残念ながら、哺乳類には、同類のキナーゼが未だ発見されていないので、研究はそれきりになっている。次に、エール大学で、クラミドモナスという緑藻菌の鞭毛にある微小管チューブリンをアセチル化する酵素を発見する。 この酵素は哺乳類にも存在し、発癌性であり、PAKをアセチル化 (活性化) することがごく最近、判明した。

30年以上昔、豪州メルボルンの癌研に私が転勤してから間もなく、シンガポールの英国人エドワード=マンサーが哺乳類にPAKを見つけたという情報を得るや、哺乳類におけるPAKの役割を見つける研究が開始された。 先ず、「発癌性」があることが判明した! 厳密に言えば、癌細胞 (特に固形腫瘍) の増殖にはPAKが必須であるが、正常細胞の増殖には不要である!いいかえれば、PAKを遮断すれば、(副作用無しに) 癌を治療しうる (PAK 遮断剤は、癌に対する「魔法の弾丸」)!  それ以来、一連の遮断剤を同定あるいは開発する研究が世界中で始まった!  我々は「PAK研究の草分け」として、もちろん、PAK遮断剤の開発研究の先頭を常に歩んできた。今日では、PAK遮断剤は、癌ばかりではなく、COVID-19を含めて種々のウイルス感染や、その他様々な難病の治療に役立つことが実証されている。(紆余曲折したが)  亡父の残した貴重な言葉「自分自身のエベレストを探せ!」を遂に達成し得た! 

開拓者による冒険自身は、本人の自己満足に過ぎないが、それが人類の福祉向上あるいは進化への一助になれば、その喜びは倍加する。。。。
 
詩人/画家 「高村光太郎」が残した「道程」と題する有名な言葉::
「僕の前には道はない。僕の後ろに道はできる」

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