2022年5月9日月曜日

"アラビア の ローレンス" (1888-1935)

第一次世界大戦中に、アラビア半島で活躍した英国陸軍の連隊長、トマス=ローレンス (1888- 1935) は、後 (1962年) に映画「アラビアのローレンス」の主人公として、再登場する。 主人公の役を演じたのは、英国の名優、ピーター=オトウ-ル。 本人は、英国貴族 (チャップマン男爵、父) とその使用人 (家庭教師、母) と間に生まれた、いわゆる「私生児」。 暗い少年時代を送ったが、オックスフォード大学で、語学の得意なローレンスは歴史学/考古学で頭角を現し、7年ほど (1907-1914) 英国博物館の職員として、シリア方面で遺跡の発掘に参加する。1914年に第一次世界大戦が、英仏 とドイツとの間で始まると、アラビア方面に詳しいローレンスは、エジプト駐屯の英国陸軍の連隊長として、ドイツ側に就くトルコ (オスマン=トルコ 帝国) を攻撃するために、中東の砂漠に住むベドイン族、特にファイサル (後にイラク王) と協力して、首都ダマスカスの攻略に心身を注ぐ。これが、後の映画「アラビアのローレンス」の主舞台になる。
さて、戦後、英国の外交官として、講和会議に出席し、盟友ファイサルのために、中近東に大きな領土が獲得できるように努力するが、英仏の政治家の策略に翻弄 (騙) され、結局、イラクの領土しか保証できなかった。 失望/幻滅 したローレンスは、凡ゆる役職を辞退して、森の中の(電気も水道もない) 一軒屋で隠遁生活を始め、回顧録「7本の英知の柱」(1926年に出版) の原稿を執筆し始める。彼の趣味の一つは、人気のない森の中をモーターバイクでつっ走ることだった。不幸にして、森の小道に突然現れた人影 (2人の少年) を避けようして、大木に衝突し、即死ではなかった、間もなく病院で他界した。 ある意味で、ローレンスは20世紀の「ドンキホーテ」(愛すべき冒険家) だった。。。我が輩自身も冒険家の端くれであり、(ピーター=オトウール同様) ドンキホーテやアラビアのローレンスなどの純粋/素朴な冒険家が大好きである。。。日本には、この種の冒険家が少ないが、17世紀 初頭 (鎖国時代) に、タイ 國 (昔の「シャム」) で大活躍した「山田長政」(1590-1630、商人、軍人: 悲劇の最後を遂げたが) は、我が輩の少年時代からのヒーローだった。。。もし、ローレンスが現存していたら、、ウクライナでコサックと共に、ロシア軍を敵に回して勇敢に戦っただろう。。。

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