森鴎外 (1862-1922) は、東大医学部出の(陸軍) 軍医だったが、(ビタミンC 欠乏
で起こる) 「脚気」を "伝染病" 扱いしていた いわゆる「やぶ医者」ながら、
ドイツ留学 (1884-1888) から帰国後、「文才」に長じ、大文豪として活躍し、多くの名作を残しているが、その中
で、現代にも通ずる作品は、短編 「高瀬舟」である。 我が輩は中学生時代に、
この作品を教科書で、読んで感銘を受けたという記憶がある。
京都の罪人を "遠島" (流刑のための離れ小島) に送るために高瀬川を下る舟に、弟を殺した喜助という男が乗
せられた。護送役の同心である羽田庄兵衛は、喜助がいかにも晴れやかな顔をし
ていることを不審に思い、訳を尋ねる。
喜助の話によれば、両親を若くしてなく
し、兄弟2人になった喜助は弟の面倒を長らくみていたが、ある日、弟がとうとう
重病にかかり、貧しい兄弟の家には、医者にかかる費用 (銭) もなく、兄にこれ以
上迷惑をかけまいと、弟が小刀で喉を突いて自殺しようとしたが、力足らず、
血だらけで死にかかって苦しんでいるのを、外出から戻ってきた喜助が見つけた。
弟は喜助に、「自殺補助」を懇願した。もう 助かる見込みがない自分に、最後の
一刀を加えて、一気に殺し、苦しみから解放してくれ、と叫んだ。喜助は弟の目
をしばし、じっとみつめてから、 意を決して、弟の喉に深く小刀を突いて、死な
せ、番所に自首した。 番所 (判所) では、複雑な事情を考慮し、喜助を死罪では
なく、島流しに処した。
さて、鴎外の「ヒューマニズム」 (=医魂) 溢れた この作品が発表されたのは、今から100年以上昔であるが、同じような事件
が、古今東西、繰り返えされてきた。ごく最近、大阪市内で、知的障害を持つ弟
を、長年独りで世話していた兄が、とうとう精魂尽きて、弟を窒息死させ、自分も
その場で自殺し、弟のあとを追った「悲しい」事件が報道されていた。。。「理
3 志望」を叫ぶ (利己主義の) 高2 による東大受験場前の殺傷事件とは、質がす
こぶる違う (段違いの) 事件である。。。もし、この高2が少年院で完全に改心し、更に「文才」を培い、
後世「高瀬舟」に匹敵するような作品を世に出すような "奇跡" が起これば、素晴らしい!
言い換えれば、「ヒューマニズム」の欠如した人間には、「医者」になる資格など
ない!
注: 実は、「安楽死」の問題に関しては、鴎外の長女 (茉莉) が幼い頃 (5歳) 、
重病にかかり、我が子の安楽死を真剣に考えた体験があったという説が残ってい
る (「おじさんは文学通」という文学評論から) 。。。。幸い、茉莉は重病から
九死に一生を得て、鴎外に溺愛され、鴎外の死後、作家として目覚め、活躍後、
長寿を全うした。。。
自殺、安楽死、尊厳死 は勿論、犯罪ではないが、それを「ヒューマニズム」に基
づいて (本人の意志や希望に基づいて、主に医師の手で) 補助する行為も、最近、欧米
諸国や豪州のメルボルン等で、犯罪ではなくなった (つまり、「合法」になった
) 。 日本では、安楽/尊厳死を補助することは、未だに「犯罪」扱いされているが、(病
院現場では) 「不治の病」にかかった患者にモルヒネなどで安楽死を与えるのは、
かなり昔から、 常套手段のようである。。。従って、それが悪用されぬよう、むしろ「合法化」したほうが、安全であると、我
が輩は思う。
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