2022年11月23日水曜日

西村 暹 (理学) 博士 (1931- 2022):
「RNA から 癌研究へ」 (退官記念誌、2000年) より

我が "大先輩" (高校及び大学) の癌生化学者、西村暹 (すすむ) 博士がつい最近 (9月5日)、他界 (急死)されたことを知った。先ず、先生のご冥福を心から祈りたい。 死因は「くも膜下出血」! その原因の90% は「脳動脈瘤の破裂」だそうである。 来る"12月18日"に学士会館で「お別れ会」が催される予定 (メール情報) 。
(先生は) "ポスドク" として米国に留学中 (1961-1965) 、ハー・ゴビンド・コラナの研究室 (Wisconsin) において、"遺伝暗 号解読" プロジェクトで "中心的な役割"を果たした。1968年、コラナはこの仕事 (Triplet Codons) でノーベル生理学・医学賞を受賞した。 帰国後は、tRNAの研究に転じ、世界的な研究拠点を形成した。 東京の深川生まれ。
学歴: 1949年 都立日比谷高校卒業
1955年 (2年ほど、結核療養後) 東京大学理学部化学科卒業
1960年 東京大学大学院修了、理学博士 (指導教官は、丸尾文治教授)
職歴: 癌研究会癌研究所、オークリッジ国立研究所(ロックフェラー財団給費 研究員)、ウィスコンシン州立大学等を経て
1968年 国立がんセンター研究所生物学部長
1992年 万有製薬株式会社つくば研究所所長
1999年 所長を退官して、名誉所長
以後、筑波大学生命科学動物資源センターの客員研究員 
我が輩 (メルボルンの "癌研" 在職中) が、先生から特に ("抗癌剤開発"に関して) お世話になったのは、先生が「メルク万 有研究所 (筑波)」 の所長時代 (後半)。 先生と我が輩の接点は、両者が「RAS 」と呼ばれる発癌遺伝子に焦点を合わせたこ とに始まる。 先生自身は、抗癌剤開発には余り寄与出来なかったが、その言わば「バトンタッチ」 を引き受けたのが、(その後 "20年余り" に渡る) 「我が輩の役割」になった。。。
専門業績:
1。 "遺伝暗号の解読" 後、大腸菌tRNA中の修飾塩基の同定:
西村は米国から帰国後国立がんセンター研究所で、遺伝情報解読の要である転移 RNA(tRNA)の構造と機能の解明に取り組んだ。その過程で大腸菌、哺乳動物、古 細菌などから、10種に及ぶ新規修飾ヌクレオチドを発見し、Dr. James A. McCloskeyら との共同研究で、それ等の化学構造を決定し、またtRNAのアンチコドンやアンチ コドンの周辺に存在する修飾ヌクレオチドは、アンチコドン認識に重要な役割を 果たしている事を明らかにした。
2。 8-ヒドロキシグアニンの発見:
西村が、がんの問題に直接取り組むように研究室の体制をシフトするように なった転機は、当時生化学部長、兼研究所長の杉村隆を中心とする、魚や肉の加 熱調理によって生成する突然変異原物質の発見である。西村研究室は物質の分離、 精製、同定のノウハウがあり、研究室のスタッフ、葛西宏、山泉二郎が共同研究 に加わった。葛西が丸干しイワシのおこげから新規変異原物質を分離、同定する 過程で、焼けこげ中には、ミクロゾームによる活性化を要しない、変異原物質が あることに気がついた。これが、1983年に、活性酵素によってDNA中のグアニン残 基が"8-OH-G" (現在では、8-オキソグアニン、8-oxo-G とも呼ばれる) に変換され るという事実の発見につながった。 西村研究室はこの発見以来、この問題に集中 的に取り組むことになった。
西村研での成果が世界的に注目を集める様になり、以後多数の研究者が8-OH-Gの研究に参入する様になった。 その結果、"酸化ストレスにより生成する活性酸素による "8-OH-G" の生成"の生 物学的意義がさらに明らかになった。
3。抗癌剤「アザチロシン」の開発:
1989年、西村が国立癌センターの生物学部長だった頃、その助手である岡田信子 らが放線菌から、RAS癌の増殖を抑える「アザチロシン」という抗生物質を発見し た。その後、その抗癌メカニズムの研究を、「メルク万有研」で続けた結果、1996年 に、この薬物がチロシンの代わりに、蛋白質に取り込まれ、RASの下流にある種々 のチロシンキナーゼの働きを抑えることを発見! 残念ながら、この薬 剤はとうとう市販には至らなかった。 詳しくは、丸田 浩著「癌との闘い」(2001年) を参照されたし。
趣味: 西村氏の特筆すべき趣味は、1) ラジコンで自製の飛行機 (プラモデル) を飛ばす こと (少年時代以来の趣味) と 2) バラの品種改良 (後年始めた趣味)。 もう一 つは、「天下のご意見番」として、多くの弟子たちに色々な忠告を授けること。。。先生の有名な口癖は (皮肉にも)「癌の生化学研究は、生化学者の墓場」??? 我々 (生化学/分子生物学者) は、ようやく (21世紀に入って) 、 その "墓場" から抜け出しつつある。。。

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