2023年2月13日月曜日

田村照子博士 (1949-2021): ドイツに永住 (国際結婚!)、
「発癌」酵素 (キナーゼ) 研究に活躍、肺癌で散る!

田村さんは1949年に、東京で生まれる。(東大紛争の最中、駒場キャンパス で) 東大教養学部長だった田村 二郎 (数学) 教授 の令嬢 (次女) 。 「東京農工大学」卒業後、 東大医科研の獣医学部 (大学院)でウイルス研究を修了、農学博士を取得 (1978年) したが、 とうとう獣医にはならず、発癌のメカニズムを分子レベルで解明するため、チロシン=キナーゼの研究に 一生、没頭する。
先ず、 1979年に西独のギーセン大学 (癌/病原ウイルス部門) にポスドクとして留学し、 (女性としては、創立以来 "3人目" の) 「教授資格」 (habilitation) を取得後、 1980年代中頃から、 本格的に発癌性チロシン=キナーゼ (主に FMS etc) の解析を同僚の生化学者 Hans Niemann と開始する。 Hans の元来の専門はコロナウイルスのGlycosylation だった。 田村女史と Hans との共同研究は、 1984頃に始まったが、当初は (Hans 主導の) 「マウスコロナウイルス」(MHV-A59) の糖蛋白のglycosylation に関するものだったが、 田村女史が発癌ウイルス (FMS) に興味を変更したので、 共同研究の羅針盤はそちらへ「針路転換」した:
1991年に発表された (田村-Niemann etc 共著) の総説 (発癌性 "FMS") によれば、
(1) 正常なc-FMS とその発癌性変異体 (ウイルス由来) の違いは、後者には、7ヶ 所に変異があると共に、C末端が異なる。
(2) C端にあるThr 939 が燐酸化を受けると、ウイルスの発癌性を増す。
(3) ウイルス由来の "FMS" には、 11カ所の "N-Glycosylation" サイトがある。
(4)この Glycosylation と "細胞膜への輸送 / 取り込み" が、 ウイルスの発癌性に必須。

1987年2月に, 田村さんは Hansと結婚後、 1996年に (北独) Hannover にある 医科大学で、新しい研究室を "Set Up" するが、不幸にして、 相棒の Hans が 1999年に "病死" (死因は大腸癌!)。 Hans がハノーバーに勤務先を変更した主な理由は、当初、名門チュービンゲン大学で研究職を探していたが、適当なポジションが見つからず、母親が住む実家に近いハノーバーにある医科大学の「生化学研究所長」の地位を選んだそうである。
我が輩は、 2006年にハンブルグ大学病院 (UKE) に客員教授として滞在中に、田村さんの研究室を初めて訪れ、発癌/老化キナーゼ (PAK) に関するセミナーをやった。 研究仲間には、地元のドイツ人 (Dr. Alexandra Koch etc) だけではなく、ベトナム人、イタリア人など、"国際色豊か"だった。
不幸にして、2019年初めに、田村さんが肺癌にかかっているこ とが判明し、(放射線療法など) 然るべき治療を続けながら、研究を続行していたが、2021年5月に (71歳で) とうとう他界 !
彼女は、(我が輩同様) 「アルプス登山」が好きだったと聞いている。 東京農工大時代には、何んと馬術部に属し、さっそうとした姿で、馬をかっ歩していた。 更に、 大学院 (医科研) 時代は、世田谷にある馬事公苑で、馬術 (恐らく、障害馬術競技) の練習に励んでいたそうである。
クラシック音楽を愛し、ご自分でも、 (自宅にある) グランドピアノ (何んと "Steiner" ! ) を演奏するなど趣味の豊かな人物である。 (これは我が輩の「想像」に過ぎないが) このピアノは、 夫のハンスが彼女の誕生日 (7月12日) にプレゼントしたのではなかろうか。。。 それ程、ハンスは心が広く優しい人物 (先輩/伴侶) だったようである。 ことによると、Hans は自分の「死期」が近いのを悟って、 自分の「形見」にピアノを、愛妻のために購入したのかもしれない。 。。海外で活躍した癌分子生物学者「仲間」として、 ご夫婦の冥福を心から祈りたい。。。彼女の "自由奔放な" 人生はやや短かかったが、「充実した人生」だったと確信している。

(注):
なお、田村照子=Hans Niemann 夫妻に関する情報は、主にThomas Buerger 氏 ( IT 専門家で、Hans の死後20年近く、田村女史と親交が厚く、女史の他界2-3か 月前に、彼女と再婚) に基づく。
取り敢えず、東大農学部 (獣医学) の同窓会 (優駿会) 誌に、(田村さんに関する ) 弔辞を掲載してもらえるよう、交渉中!
http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/dosokai/index2.html
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(我が輩の独り言): 公式の死因は「肺癌」ということになっているが、「実際の 死因」は、(副作用の強い) 放射線や抗癌剤の組み合わせで、患者の免疫能が〇に なり、COVIDに感染し、肺炎で死亡した可能性は否定できない! もし、副作用の ない「PAK 遮断剤」で治療していたら、照子さんは「短命死」せずに済んだかも しれない。。。兎に角、「覆水、盆に帰らず」!

皮肉な話であるが、「癌の専門家が癌死する」のは、さほぞ珍しくない! 十数年 前、当時 「癌研の癌化学療法センター」所長をしていた (東大薬学出身) の同級 生 (T 君) が、 肺癌で死亡した (65歳)! 全く喫煙しない人だったが、肺癌が見つかって から (いわゆる「化学療法」後) 数か月で他界した。。。彼の場合も、PAK遮断剤 を使用すれば、助かった可能性が十分あるので、極めて残念である!

ここで、"特記すべき事実"を紹介したい: 現在、「3人に1人」が癌にかかる! と ころが、ドイツの養蜂家の間では、(僅か) 「3千人に一人」の割合で、癌にかか る、という驚くべき統計が残っている! つまり、養蜂家の「癌にかかる頻度」 は、我々一般人の「千分の一 」に過ぎない!
しかも 「癌死」の例は、全く記録にない!
何故か? "最も可能性の高い" 理由 は、養蜂のいわゆる「副産物」、プロポリスと呼ばれる「PAK遮断剤」(「蜂の巣」 のアルコールエキス) が、癌を予防、かつ治療に寄与しているという (医科学的) 事実である。実は、1953年に世界最高峰 (エベレスト) を史上初めて征服したNZ 出身の登山家 (エドモント=ヒラリー郷)も "養蜂家"で、 "米寿" で他界するまで、病気の経験が全くない! といわれている。。。

なお、照子さんの姉、"渡辺" (旧姓: 小林) 咲子さんは、東大理学部卒で、 ("司法試験"をパス後) 1978年に検事任官、東京 地検などで活躍していたが、2018年の夏に、登山の最中、事故で遭難死を遂げたそうである。 併せて、哀悼の意を表したい。。。

OIST で既に10年以上、教授をしている 山本雅さん (副学長) は、CSHL主催 「RNA 腫瘍ウイルス」シンポジウム (1983年) での (運命的な) 出会い以来、(故) 田村照子女史の研究上の (長年の) 友人となった。 この歴史的なシンポジウム (1983年) で発表された "田村女史" の研究内容は, 下記の通り、雑誌「Cell」に掲載された:
Teruko Tamura, Heinz Bauer, C Birr, R Pipkorn.
Antibodies against synthetic peptides as a tool for functional analysis of the transforming protein pp60src. Cell. 1983 Sep;34(2):587-96.
(注釈):
歴史的には、最初のチロシンキナーゼ (SRC) の発見/同定には、主に2つ のグループが貢献している。その1つは、1978年に免疫沈降法を用いて、SRCがキ ナーゼの一種であることを初めて発見したレイモンド=エリクソン (コロラド大学 医学部) である。もう一つは、1980年に、SRC自身 (あるいはビンキュリン等の蛋白) のチロシン 残基を燐酸化することを発見した
トニー=ハンター (ソーク研究所) である。 田村 女史のSRC に関する研究では、これらの先人の発見に 従って、燐酸化されるSRC 残 基が「C端近くにある」ことを突き止めた。

さて、1983年のシンポジウムで、NCI/NIH の2つのグループによって、猫に寄生し て癌を発生させる RNAウイルスが「FMS 」と呼ばれるチロシンキナーゼの変異体であ ることが発表されると、田村女史は、その研究の主軸を次第に「SRC から FMS へ」 鞍替えし始める。。。

FMS は、本来、血中の M-CSF 等のサイトカイン (増殖因子) の受容体 で、マクロ ファージ等の細胞表面に存在し、 M-CSF と結合すると活性化され、細胞の増殖 (や癌化)、 炎症 (MS= multiple sclerosis etc) などに寄与している。 2010年以来、韓国ソウルにある KIST の研究グループが 一連の 「 FMS 阻害剤」 を開発しつつある。。。驚くなかれ、 2006年に、"協和発酵" (キリンビール) の研究グループが 「Ki20227」 と呼ぶ「FMS 阻害剤」を開発していた! しかしながら、臨床用としては、未だ市販されていないようだ。 市販品で、FMSを 阻害するのは、何んと (1995年頃に、「Novartis」により開発された) CML 治療薬「Gleevec」

(残念ながら) 田村女史のグループは "FMS阻害剤の開発" には、全く興味がなさそう。 彼女のチームによる 最近の研究例を、 2013年に OIST (山本教授の研究室) で開催されたセミナーの要旨と言う形で、 ごく簡略に (邦訳) 紹介すると:
演題: THOC5 (転写/核外輸送 複合体=TREXの一員) による「初期遺伝子」の転写 制御が、増殖因子 (M-CSF) による (マクロファージなどの) 細胞分化に寄与している。
要旨 (結論) : 増殖因子により活性化されると、THOC5 が標的遺伝子に接近し、 CPSF2 (3' Processing 蛋白) に結合し、更に 標的 mRNAs に結合する。
(敢えて、"辛口の批評" をすれば) 「落ち穂拾い」の感あり! 明らかに、 かつての「馬力」を失いつつある。。。"馬" 自身が衰えたのか、"乗り手" が "手綱裁き" を間違えたか??
さて、田村女史の肺癌が発覚してから一年後に、(恐らく「後任者」の選択を巡っ て) 田村研究室で20年以上研究していた (いわゆる「大黒柱」の) Alenxandra Koch 女史と、田村女史 (室長) との間に、激しい「対立」が生じ、とうとう Koch 女史 は、母校 (ハノーバー医科大学) の別の研究室に移動した! かくして、田村女 史の「黄金時代」に幕が下りた! 詳しい事情は (我が輩には) わからないが、 (自己主張のかなり強い) 田村女史に、 いわゆる「寛容の精神」が多少欠けていたような気がする。。。
勿論、我が輩は田村女史のドイツでの「大活躍」に、好感を抱いていたが、 70歳に達し (「退官」すべき時期に)、自らの肺癌治療や後任問題で、誤った判断 を下し、 自ら「墓穴」を掘ってしまったような気がする。。。 Nobody is perfect!

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我が輩は、63歳で (18年間勤めた) メルボルンの癌研を退官したが、その直接の切っ 掛けは、所長に、いわゆる「寛容の精神」(あるいは「先見の明」) が欠けていた からである。我々の研究室では、「NF患者」のために、(安価且つ安全な) 治療薬 として、PAK遮断剤である花椒エキスやプロポリスの開発 (動物実験) を推進して いたが、所長曰く、「天然」抗癌剤の研究は、研究助成金 (グラント) や特許を もたらさないから、禁止する! 我が輩は、癌/NF患者にそっぽを向く「象牙の塔」 から、おさらばする決心をし、ドイツのハンブルグ大学病院 (UKE) のNF 研究室 に客員教授として滞在し、プロポリスによる「NF腫瘍の(増殖と転移) 抑制」実験 に初めて成功した! それは、2006年の秋だったが、ハノーバー医科大学の田村女史の研究室で、その動 物実験データを披露する "最初のセミナー" をやった。。。その時点では、 彼女は、メルボルンからの、いわゆる「反逆者」を受け入れる「寛 大な精神」を持ちあわせでいた。。。

我が輩の「反逆」のお蔭で、先ず (1) NF患者やスイゾウ癌患者にNZ産プロポリス (Bio 30) を、副作用無しの治療薬として、安価に提供出来ると共に、 (2) 線虫 を使用して、PAK 欠損/遮断により、寿命が6割も延長するという画期的な発見、 更に(3) ノーベル賞に輝く「イベルメクチン」がPAK遮断剤であることを発見、最 後に (4) ノーベル賞に輝く「クリック 化学」(CC) によって、鎮痛剤「ケトロラッ ク」のPAK遮断作用を500倍以上に高めることに成功した。 この僅か10年間の画期 的な成果は、「象牙の塔」に縛られた18年間に遥かに勝るものである。 若者よ、 真の「反逆」(造反) とは、かくあるべし!

我が輩がハンブルグに滞在し始める半年前 (2005年秋) に、ドイツに偉大な女性大 宰相が誕生した! 歴代最年少 (51歳) のアンゲラ=メルケルである。ハンブルグ 生まれで、ベルリンの壁が1990年に崩壊するまで、東独内で「量子物理学」を研 究していた。従って、英独語ばかりではなく、ロシア語を流暢に熟した。そのロ シア語に、プーチンでさえ、舌を巻いたと言われている。 さて、彼女は保守党 (CDU) の党首で、我が輩とは勿論、政治信条を異にするが、日本の自民党ほど封 建的ではないし、「旧統一教会」とは、何の関係もない! ドイツ国民からは、 (政党支持の違いを越えて) 愛称 「Die Mutti」(母さん) で呼ばれていた。
さて、西独の宰相ヘルムート=コールが、1990年に東西ドイツの統一に成功して以 来、メルケルはコールの配下に付き、(政治) 手腕をめきめきと発揮して、いわゆ る「副官」の地位につくと、「不正献金スキャンダル」事件を種に、コールをCDUの 党首から引き落とし、自分が党首に当選する。 この「造反」により、彼女は「コー ル (親父) 殺し」の異名を頂戴する。その後の総選挙で、メルケルの率いるCDU が見事に 勝利し、彼女が、「ドイツ史上初の女性宰相」となる!
さて、彼女の「引き際」も素晴らしかった! 2021年秋に、16年間の宰相「最長記録」を残し て、(潔く) 引退を発表した! 田村女史が他界したのは、その直ぐ直前だった! 宰相 "メルケル" の素晴らしい「引き際」を真似できなかったのが、誠に残念至極だった。。。
メルケル女史は、我が輩と "12歳違い" の「馬年」生まれ。 Die Mutti (美しく聡明な "反逆児" ) の「健康長寿」を心 から祈りたい! 我が輩が仮にもし、12歳ほど若かったら、「Angela, Ich liebe dich. Kann ich dich heiraten?」と、彼女 にプロホーズしたいところだが。。。勿論 「Nein! Es tut mir sehr leid」と丁重に断わられても、プロホーズしてみる価値は十 分ある。。
少なくとも、忘れかけた "ドイツ語" を思い出す絶好の機会になる!

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欧米で、「国際結婚」を果たした我々の「先輩たち」の前例:

日本人の学者で、ドイツ留学中に、ドイツの女性に (「昭和期」に入って) 初めて求婚し、相手のハートを見事に射止めたのは、京大医学部出身の有名な学者だった。 (我が輩の記憶が正しければ) 沼 正作 教授 (1929 -- 1992) である。 彼は、我が輩と同様、南独 (ミュンヘン) の郊外にある "MAX-PLANCK 研究所" (生化学専門) で、 1958年頃から 3年程, いわゆるポスドク研究をやっていた。 彼のドイツ時代の上司は Feodor Lynen 教授 (1911-1979) で、1964年にノーベル医学賞 (脂質の代謝) をもらった。 1961年に 沼さんは、 奥さん (ドイツ人) 同伴で 日本へ戻ってきて、 やがて京大医学部の「名物」教授 (研究の鬼!) になった。 沼さんも "癌" で亡くなった! 私なら、 日本には戻って来ないだろう。。。 奥さん (外人の女性) が、日本では 「窮屈な思い」をするからだ! 彼は「ドイツ語が流暢」だったが、"妻への思いやり" に多少欠けていた感がする。。。
沼さんの奥さんについては、(沼さんによる) 有名な「パワハラ」 に堪えられなくなった弟子の一人が (仇討ちに) 意地悪い「デマ」を飛ばしたようだが、 実際は (信用できる筋によると)、 奥さんは ドイツの鉄鋼王 (「クルップ」?) の令嬢だったが、父親 (鉄鋼王) が巌として結婚 (言わば「駆け落ち」!) を許さなかったので! 結局、離婚して、 故国に戻ったそうである。。。

実は、"沼 正作" 以前に、ドイツ女性と結婚した日本の「大先輩」 ( "明治時代" の学者) がいた! 長 井長義 (1845-1929) 、 東大医学部 卒の薬学博士である。 「エフェドリン」(喘息の特効薬) の発 見で有名! ベルリン大学(留学) 時代にテレザ女史と結婚したエピソードは, 下記のごとく:
ドイツ留学中、上司のホフマン教授 (革新的な有機化学者「リービッヒ」の弟子) は、長井をベルリン大学に留めておきたいと考え、一計を案じる! 先ず、 ドイツ人女性の素晴らしさを強調して、婚姻を勧めた。 更に、 長井には内緒で、下宿先のラーガシュトレーム夫人(Marie von Lagerstrom)に仲介 (いわゆる「仲人」) を依頼した。 こういった (公私併せた周囲の) 尽力 (御膳立て) が実り、 ギーセン大学でのリービッヒ銅像除幕式の帰路、フランクフルトのホテルで テレザ・シューマッハと遭遇 (!) した。 ベルリン滞在 "14年後" にようやく正式に結婚し、日本へ一緒に帰国して「長井テレザ」 となる。
長井教授は、自身の研究のみならず、テレザ夫人と共に「女子教育」にも力を入れ、日本女子大学や雙葉会・雙葉学園 への設立協力と化学教育の推進など、女子教育の向上にも貢献した。 従って、(妻に "離縁状" を突き付けた) "沼 正作" (研究の鬼!) とは違って、オシドリ夫婦で、日本社会 (特に "女子の地位") の向上にも大いに貢献をした (「先見の明」のあった) 国際人だった。 この (薬学界の) 「大先輩」から学ぶべき教訓は多い。。。
詳しくは、飯沼信子 著『長井長義とテレーゼ : 日本薬学の開祖』日本薬学会 (2003年) を参照されたし。 著者の飯沼さんは、米国ロサンゼルスで "日系日本人" (飯沼星光) と結婚した日本人女性で、(実は) 我が輩の友人。 2000年頃に、(海外経験のある "我々科学者" が企画した) 評伝「パール=バック女史」の邦訳出版に 協力してくれた、 いわゆる「七人の侍」 (大半が女性!) の一人だった。 彼女は伝記作家で、野口英世や高嶺譲吉など、日本の有名な科学者や芸術家で、 外人女性と結婚し、 海外で活躍した人物の夫婦生活を題材に数点の評伝を出版したが、 2018年に86歳の生涯を閉じた。 実は、我が輩 (夫婦) の評伝も執筆したい、 と折々に述べていたが、 (我が輩自身の "不甲斐無さ" のためか) 、作家の方が 先立ってしまった! 従って、メルケル女史に習い、自分で「回顧録」を執筆しなければならないが、(有名な) メルケル女史と違って、(未だ「偉人」のジャンルに達していない) 我が輩の後半生を, 一体誰が読んでくれるかわからない。。。 というわけで、(故) 飯沼さんに代わって、少なくとも、(国際結婚で活躍した) 田 村女史の「生涯」(後半生) を、 何らかの形で、 "日本の将来を担う若い女性たち" へ 紹介したい、 と思っている。。。

実は、科学者ではないが、国際結婚して海外で活躍している有名な日本女性がいる。 歴史作家の塩野七生さん (1937年7月7日生まれ!) である。 我が母校 (日比谷) の (数年) 先輩で、学習院大学の文学部を卒業後、海外万遊の末、結局 ローマに 永住して、イタリア人の男性 (医師) と結婚して、主に 「古代ローマ」史小説を ("半世紀" に渡り) 手懸けて いる。 2000年まで、首相をやっていた (故) 小渕 恵三さん (早大文学部卒、 1937-2000) と親交が厚かったと聞いている。。。学習院と早稲田は距離的にも近い!
(極めて) 奇妙な「偶然」であるが、塩野さん、田村さん、そして我が妻 (ギリシャ系の数学者、言わば「ピタゴラスの子孫」!) は、 3人共、牛 (丑) 年生まれ、然も 「7月生まれ」である。 共通に言える性格は、「自由奔放で、 然も頭脳明晰」、かつ (後半生を) "海外" で活躍している事である! 海外生活は、言わば「冒険の連続」であるから、何が起ころうと、軽く受け流せる「柔軟な」性格がないと、長続きしない!
実は、(我が輩自身は) 塩野さんの著書を一つも読んだことはないが、"書評" だけを読むと、 その政治的思想は、 ちょっと古風 (保守的) である。 彼女が「古代ギリシャ」ではなく、「古代ローマ」を選んだ理由が、何んとなく、 理解できるような気がする。 つまり、彼女の「民主主義」は、"治める側" (政治家) の目線で、 "治められる側" (庶民) の目線ではない!
シェークスピアの作品に出てくる有名なシーザーの言葉: 「ブルータス、お前もか? 」を、仮に拝借すると、 我が輩の立場が「ブルータス」に近いとすれば、 彼女の立場 は (ルビコン河を敢えて渡って進軍した) シーザー将軍に近い! いみじくも、 メルケル女史は (我が輩同様) 「ブルータス」の立場 (いわゆる「コール」殺し) をとった! 我が輩が「一定の距離」を保ちながら、メルケル女史をこよなく尊敬 (あるいは愛着) するのは、そういう「歴史的」な背景がある。。。

なお、メルケル女史の政治経歴については、佐藤伸行著「世界最強の女帝: メルケルの謎」(2016年、文春新書) による。 著者は、早大出身で、時事通信社のドイツ支局 (ベルリン/ハンブルグ等) で、1990年頃から10年以上、ドイツ再統一前後及 びその後の政局を取材していた、"ベテラン" ジャーナリスト。

我が輩は、「一体何故、日本にはメルケル女史の如き "聡明" な「女傑」が登場しないのか? 」としばしば自問する。。。 かつて、土井タカ子 (社会党の党首) が、首相に なりかけた瞬間、「誰」かが ("自社連立" 政権の首相) にでしゃばり出て、とうとう社会党全体を 潰してしまった! その「罪」は、許し難いほど "極めて" 大!

最後に一言: (我が輩の知る限り) 過去百余年の長い歴史上、東京市長あるいは都 知事から、首相になった事例は皆無! 従って、(もし) 都知事が首相になったな らば、「日本史上」初の出来事となる。。。 しかしながら、"西独" の歴史を紐解くと、 1969年頃に、(首都) ベルリン市長のウイ リー=ブラント (1913-1992、SPD) が、見事に "首相" (宰相、1969-1974) になった!
従って、 全く "不可能" とは言えない!
実は、ブラント首相は、就任後の翌年 (12月)、ポーランドの首都ワルシャワを訪れて、(戦 争中に惨殺された) ユダヤ人達の慰霊碑の前で、(西独首相として初めて) 深く膝 まずき、ナチ政府の蛮行を謝罪して、世界中の話題になった! もし、 都知事が 同じようなジェスチャーを (例えば) 韓国や中国で、実行する覚悟があれば、首相に当選す る可能性が大幅に "飛躍"するだろう。。
つまり、 "我々" (真面目な) 有権者は 政治家の「懐の深さ」に共鳴するのだ!
日本で首相の「在任最長記録」を誇った (故) 安倍普三氏は、「懐が浅かった」ばかりではなく、教養も全くなかった (「云々」と言う漢字を「でんでん」と読んで、日本中の"小中学生"をあっと驚かせた!)。 「義務教育」以下の教養で、日本を 「一体何処へ」導こうとしていたのだろうか?
現在の都知事は、 (故 "石原" 都知事に比べれば) かなり教養が高そうだし、英語やアラビア語も喋れるようなので、(「メルケル」女史ほどではないにしても) 多少期待が持てる。。。

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