ハンガリー出身の有名な生化学者、セント=ジョルジは筋肉収縮の生化学研究の
草分けであるが、何故か2度目のノーベル賞 (生理/医学) を逃した。 最初のノー
ベル化学賞は、ビタミンC (アスコルビン酸) に関する研究で、1937年に受賞した。
ところが、このビタミンC (欠乏すると壊血病になる!) の化学的同定には、
米国のライバルであるチャールズ=キング博士がいささか 破廉恥な「行き過ぎ」
をやった。
セント=ジョルジは、英国のケンブリッジ大学の博士研究として、1927年に、ア
スコルビン酸の結晶化に既に成功し、故郷のハンガリーに帰国していた。 一方、
米国ピッツバーグ大学のキング研究室では、壊血病を治療する研究を、モルモッ
トを実験材料に研究していた。実は、人類とモルモットは、ビタミンCを体内で生
産できないので、それが不足すると、壊血病になる。 ところが、キングの研究室
には、優秀な化学者が不足していたので、ビタミンCが一体何かを同定しかねてい
た。そこで、キング教室で、モルモット実験を修得したジョセフ=スビルベリー(博
士) は、故国ハンガリーに戻り、セント=ジョルジの研究室にポスドクとして、
勤務し始めた。
遂に1932年3月、 (このポスドクは) セント=ジョルジから受け取ったアスコルビン酸で、モルモットの
壊血病を見事に治すことに成功した! そこで、先ず直接のボスであるセント=ジョ
ルジに、その結果を報告した後、昔のボスだったキング博士宛てに、手紙で、
結果を報告した。。。これがスキャンダルの「元」になった! というのは、翌
月 (4月1日) に、キング博士が単独名で、「サイエンス」という米国の一流雑誌
に、「ビタミンC はアスコルビン酸である」という短報を投稿 (=盗稿!) したのだ。
勿論、セント=ジョルジにも、ポスドクにも、「ことわり」無しだった。 それ
を知ったセント=ジョルジは当然のことながら、烈火のごとく怒り、英国の一流
雑誌「ネイチャー」に、それに抗議する論文をポスドクと連名で、2、3日後に投
稿した。結果的には、「キング側の敗け」となり、1937年にセント=ジョルジ
が単独で、ノーベル化学賞を受け取った。
しかしながら、不幸にして、この事件のしこりが、(特に) 米国内で長らく尾を引き、戦後
間もなく、セント=ジョルジが (ソ連の衛星國になった) ハンガリーを逃れて、
米国へ移住し、首都ワシントン郊外にあるNIH (国立予防衛生研究所) の "3号館" 地
下で、筋肉収縮の生化学、特に、アクチンとミオシン (ATPase) に関する草分け
的な研究を精力的に進めても、結局、(2度目の) ノーベル受賞には至らず、1954年に、い
わゆる残念賞としての「ラスカー賞」を受賞するに留まった。 実は、この由緒ある3号館で、我が輩は1977年に「最初のPAK」 (ミオシンキナーゼ) を発見!
極めて不思議な現象だが、この「ラスカー受賞」後、半世紀以上を過ぎても、アクチンやミオシン等、い
わゆる "Cytoskeleton" に関する研究で、ノーベル賞をもらった研究者は一人も
いない! いわゆる「セント=ジョルジ事件」が今だにたたっているのだろうか?
彼を巡っては、大変面白い逸話が幾つか残っている。先ず、アスコルビン酸の結晶
化に成功した直後、「ネイチャー」に投稿した際、未だ機能がさっぱり不明だっ
たので、"Godnose" (神のみ知る) とか "Ignose" (誰も知らない) と言う "ユーモアな" 名を提案し
たが、「石頭」の編集長が "Reject" した。最終的には、(ポスドクの機転で) 壊血病の治療薬と
判明したので、Ascorbic Acid と改名した。実は、この酸性の糖 (ヘキソース) は、
当初オレンジなどから精製されたが、最終的には、ハンガリー名産の「赤いパプ
リカ」に、ずっと大量に含まれていることが判明し、ノーベル受賞の際は、「パ
プリカ賞」と、現地で呼ばれるようになった。 あの赤い色素は、カロチン由来な
ので、"PAK遮断作用"もあり、我が輩は「健康長寿」のために、常食している。
最近発表された研究報告によれば、パプリカ"ジュース"は線虫の寿命を延ばす: Capsaicinoid-
Glucosides of Fresh Hot Pepper Promotes Stress Resistance and Longevity
in C. elegans. Plant Foods Hum Nutr. 2022 Mar;77: 30-36.
更に、"美白作用"もあることから、その「PAK遮断作用」は確実!
さて、"Prof" (セント=ジョルジの Nickname) はNIHを去った後、長らく癌研究に
取り組んだが、結局、泣かず飛ばずに終わった。 しかし、「アクトミオシン」の
研究を通じて、我々 「PAK」 (発癌/老化) 遺伝子の研究者世代に、その使命がバトンタッチされ、今日に至っ
ている。。。
なお、「Prof」の生涯については、ラルフ=モス著 (丸山工作訳)『朝からキャビア
を: 科学者セント=ジェルジの冒険』(岩波書店、1989年) を参照されたし。 丸山さん (1930-2003) はアクトミオシン研究分野の我が先輩。
実は、「ミオシンがATPase である」ことを最初に発見したのは、ソ連の有名な学
者だった。この発見がきっかけになって、"Prof" はビタミンC 研究から、「筋肉
収縮」の生化学研究に移行したが、ソ連圏には自由がないので、米国に亡命した。意外にも、ロシアの学者がイベルメクチンの "抗癌作用" を発見したのがきっかけで、我々は 2009年に「イベルメクチンが PAK遮断剤である」ことを突き止めた! 従って、ロシアの「悪党」政治家 スターリンやプーチンは論外だが、ロシアの優秀な研究
者による我々の いわゆる (健康長寿) 研究領域への貴重な貢献を決して忘れては
ならない! もし、万が一、我々が存命中に、(PAK 遮断剤に関して)ノーベル賞/「パプリカ賞」を貰えるような
場合は、これらのロシア学者や "CC" 発明家 「Barry Sharpless」等を、 (温かい12月の) メルボルン (あるいはシンガポール) 大使館での授与式に招待したいと思っている。。。雪降る12月のストックホルムは、我々「ご老体」には、いささか寒む過ぎる! 実は、我が輩の (長年に渡る) 研究相棒である英国人、Ed Manser はシンガポール
大学で、長らく (30年近く) 研究を続けている。。。2008年にノーベル賞 (物理学) に輝いた南部陽一郎さん (東大卒) は、当時の最年長
(87歳) の受賞者で、永住先のシカゴにある大使館で、メダルを受賞した。 強いて言えば、我々の場合、天国からの招待状が先に届くか、それともスエーデンからのメールが先着するかである。。。
因みに87歳で1966年に、ノーベル賞 (医学) をもらった米国のロックフェラー大学
の癌研究者、ペイトン=ラウス (1879-1970) は、 鶏に寄生する癌ウイルス (発癌
遺伝子"SRC"を含む) の発見者である。実は、彼がこのウイルスを発見したのは、1911年
のことで、受賞対象となった研究を行ってから "55年" も待たされたのは、史上「最
長記録」 (ギネス記録!) である。
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