2022年10月10日月曜日

CEP-1347 と ST-3009: 幻の「PAK 遮断剤」

前世紀の終り頃に、我々が、その昔 (1977年に) アメーバで発見した「ミオシンキ ナーゼ」の仲間が哺乳類にも発見され、PAK (RAC/CDC42-activated kinase) と、 発見者である 英国人 のEd Manser (シンガポール大学) により、命名された。 更に、彼の研究室で、「PIX 」と呼ばれるSH3 蛋白が発見された。 実は、細胞内 では、PAK をフルに活性化するには、G 蛋白であるRAC/CDC42 の外に、PIX が必 須であるが判明した。 PIX のSH3 ドメインが、PAK 分子中の「PAK18」(18個のア ミノ酸からなる部位) に結合すると、PAK が活性化される。 逆に、PAK18 に相当 するペプチドは、PAKとPIXとの結合を抑えるため、癌細胞に、このペプチド(PAK18) だけを注入すると、癌化に伴う「膜ラフリング」 (アクトミオシンによる細胞膜 の収縮反応) が停止する! そこで、 我々は、PAK18 に細胞透過性を与えるため、 WR と呼ばれる16個のアミノ酸からなるペプチドベクターを連結させた。「WR-PAK18」 は、見事に細胞内に入り、癌細胞の増殖を選択的に抑え、正常細胞には全く影響 を与えなかった! しかしながら、ペプチドは一般的に、(1) 高価であるばかり ではなく、(2) 体内の消化器で分解 (代謝) され易い、という欠点がある。
そこで、我々は、WR-PAK18に代わるべき、「合成 PAK 遮断/阻害剤」を、論文上 で探索し始めた。 すると、1998年頃に、協和発酵と米国のCephalon により共同 開発された「CEP-1347」 (パーキンソン氏病の治療薬「候補」) が、PAKの下流にある「JNK 」と呼ばれるキナーゼを遮断/阻害するという、論文を見つけた! そこで、 我々は、この化合物 ( Indolocarbazole 環 を含む 抗生物質 「K-252a 」 の誘 導体) が、JNK を直接阻害するのか、それとも、その上流の キナーゼ (PAK ある いは MLK ) が直接の標的なのかを調べる計画を立てたが、残念ながら、Cephalon からこの試薬の供与を拒絶された。
そこで、「Indolocarbazole 環」類 の合成の専門家、エール大学の有機化学者 (ジョン=ウッド) に、CEP-1347 を始め、いくつかの「Indolocarbazole 環」誘導 体の合成を依頼した。 その結果、CEP-1347の直接の標的は、MLK と PAK である ことが判明した! 実は、「K-252a 」は非特異性のキナーゼ阻害剤であるが、その Indolocarbazole 環の 3位と9位に、大きな側鎖を加えた CEP-1347 は、ATP 結合 ポケットが2倍ほど大きな キナーゼ (MLK とPAK) にのみ「選択的に」結合する わけである。 実際、我々が開発した「K-252a 」の Dimer (KT-D 606) は、PAK に 特異的な阻害剤である。CEP-1347は「パーキンソン氏病」の治療薬として、数年 間、欧州で臨床試験にかけられたようだが、残念ながら、とうとう市販には至ら なかった。。。
今世紀が明けた頃 (2001年) 、ドイツ出身の海洋学者 (ピーター=シュップ) が、 グアム島の沿岸で、極めて強力なキナーゼ阻害剤 (IC50=1 nM) を海綿から発見し た! スタウロスポーリン (ST) の誘導体で、Indolocarbazole 環の 3位 に水酸 基が付加されている (我々は 「ST-2001」 と命名) 。 ST は元来、1977年に、北 里研究所の大村 智 博士 (2015年ノーベル受賞者) によって、土壌の放線菌から 発見された抗生物質で、「K-252a 」との違いは、「K-252a 」のペントースがヘ キソースに変換されているような化学構造を持つ。
さて、このヘキソースの御蔭で、ST は「K-252a 」の20倍ほど、阻害作用が強い が、やはり作用が非特異的である。 海綿由来の「ST-2001」は、水酸基のお蔭で、 更に50倍、阻害作用が強い。 そこで、大村さんから、(他の) 幾つかのST 誘導体を 頂いて、調べた結果、ST-2001 の 9位 にも水酸基が付加された化合物は、残念な がら、PAK 遮断作用が全くないことが判明した! 従って、理論的には、ST-2001 をPAK特異的な阻害剤にするには、9位のみに、水酸基ではない、ずっと大きな (で きれば、細胞透過性の高い「塩基性」のアルギニン等) を付加する必要があった。 この空想のST 誘導体を仮に「ST-3009 」と命名して、(近い) 将来、開発を楽し みにしていた。。。
ところが、 2003年頃に、(シュップやウッズと共同で) テキサスにある「NF 財団」へ、 研究助成金を応募した頃、グアム島沿岸から、頼みの「ST-2001 源」である海綿 が、(地球温暖化の為か) 忽然として、姿を消してしまった! 問題は、ST の3位 と9位とは、(化学的には) 同等なので、(有機化学反応で) 3位だけを水酸化するのは、極めて難しい! ところが、海綿 (恐らく、それに寄生した"微生物") の酵素は、3位と9位をはっきり区別することができるらしい。。。以来、 そのような (夢の) 酵素 (ST 3-Hydroxylase) を探索し続けている。。
最近の情報によると、シュップ博士はドイツ (ハンブルグ郊外にある海洋研究所) に戻って、海綿に寄生する各種の微生 物の中から、ST の生合成に関与する微生物 (特に放線菌) を同定しつつあるようだ。

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